10 求められるは、チャレンジ精神。放て拳。

「なっ……」

『ああ、やはり見えるんじゃな』


 ミュールの声が聞こえます。

 彼女の言葉は他の人には聞こえないため、下手に反応することはできません。

 黙って先を促します。ミュールもそれをわかっているので、話を続けてくれました。


『悪魔じゃよ。そいつはお前と同じ悪魔憑きじゃ。まっ、我なんかとは違う、下等悪魔じゃがの』

「リリィベル様? どうかされましたか?」

「い、いえ……」


 店主に困った顔をされてようやく、彼の手を握りっぱなしだったことに気が付きました。

 手を離すと、黒いモヤは見えなくなります。

 まるで、そんなものなかったかのように、綺麗に消えました。


「ささ、リリィベル様。こちらへ」

「……ええ」


 店主に促され、店の奥へ。

 まずは応接室にでも通されるのでしょう。

 店主や付き人から少し距離を取って歩く。

 できる限り小さな声で、自分についた悪魔に問います。


「ミュール。私と同じ悪魔憑き、と言いましたか」

『ああ、言ったぞ』

「……退治できるのですか」

『ん? さあなあ。知らんのう』

「殴りますよ」

『ぐっ……! 殴ってから言うなあ……。こんのハリボテ表面淑女が』

「で? 退治できるのですか、できないのですか」

『はー……。その気になれば我にしているように暴力で祓えるかもしれないし、無理かもしれない。こればっかりはお前次第じゃ』

「そうですか」


 ミュールとの会話を終えたら、早歩きで店主に近づく。


「失礼。手を見せていただけますか?」


 相手からすれば、本当に突然の申し出です。

 困惑しながらも、店主は私に手を差し出してくれました。

 どうすれば彼に憑いた悪魔を祓えるのか。

 そもそも祓うことができるのかどうかもわかりません。

 でも、何事もやってみなければ始まりません。


 店主の手に触れ、背後の黒いモヤを確認。次は、目を閉じて意識を集中させる。

 ミュールを殴っているときの感覚を思い出しながら、いつもとは異なる方向――店主の手を通じて繋がった、別の空間に向かって拳を放つ。


『ぎゃっ!』


 そんな悲鳴が聞こえました。

 目を開けると、黒いモヤはゆらゆらと揺れてから、霧のように散っていきます。

 それとほぼ同時に、店主もゆっくりと意識を失い、床に倒れ込みました。

 どうやら、悪魔退治に成功したようです。


『できるんか……』


 ミュールの声は、どこかげんなりとしていました。


 店主が突然倒れたことで、その日の視察は中断。

 後日、店主の家族から手紙が届きました。

 そこには、私が店主に会った日を境に、彼が元の優しい人に戻ったと書かれていました。

 おそらく、ですが……。私が悪魔を祓ったことで、本来の人格に戻ったのでしょう。


「悪魔は、たくさんいる……」


 安堵すると同時に、私は以前ミュールが口にした言葉を思い出していました。

 悪魔は思ったよりも身近な存在で、既に多くの人の中に入り込んでいるのかもしれません。

 これはきっと、高等悪魔に打ち勝ち、身体の主導権を取り返した私だからわかること。

 もしも、人々が悪魔に侵されているのなら。


「見つけ次第、祓って祓って祓いまくってやります」

『なんでそんなに戦意高いんじゃおぬし……』

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