あの女が僕に絡んできた

貴族学院に入学してから早2ヶ月。随分と貴族学院での生活にも慣れてきた。今日もマリアと一緒に、中庭で昼食をとる。


「来月はヒューゴ様の15歳の誕生日ですね。誕生日パーティーには、私も参加する予定ですので」



「ありがとう。ねえ、マリア。当日は僕と一緒にダンスを踊ってくれるかい?」


「はい、もちろんです。ヒューゴ様とダンスが踊れるなんて、嬉しいですわ。ヒューゴ様、いつも私を大切にして下さり、ありがとうございます」


そう言ってマリアが嬉しそうに笑って、僕に頭を下げてきた。3度目の生になってから、笑う事が増えたマリア。彼女のこの笑顔を守りたい。その為にも、僕の誕生日までには、なんとかケリをつけたいのだが…


王宮に戻ると、すぐに執事が飛んできた。


「殿下、お待たせいたしました。一夫多妻制による財政難の件をわかりやすくまとめました。さらに、陛下の子供でもある王子や王女たちの状況も記載いたしました」


執事に渡された書類に早速目を通す。今まで知らなかったが、王家の財政は実はかなり厳しいう事がわかった。煌びやかな生活をしているように見えていた側室やその子供たちは、随分と質素な生活を強いられているらしい。


それでも一夫多妻制を廃止することで、経費は三分の一まで削減できるとの事。


さらに今年は干ばつに襲われ、税収がかなり減っている。もし経費が削減できれば、王家の財産が増える。そうなれば、万が一もっとひどい自然災害が起きたとしても、王家の財産で対処できるかもしれない。


とにかく父上の代で、一夫多妻制を廃止しなければ。


「よくここまで調べてくれたね、ありがとう。とにかく、近いうちに父上と貴族たちを集めてくれるかい?」


「かしこまりました。出来るだけ早く、手配を行います。殿下、ここ数ヶ月で、随分と変わられましたね」


そう言うと部屋から出て行った執事。そりゃそうだ、僕は今、3度目の生を生きているのだから。とにかく、マリアとの幸せな未来の為、絶対に父上や貴族たちを説得しないと。僕は誰がなんと言おうと、今回の生ではマリアだけを愛すると決めたのだから…


翌日、執事から来週皆を集める手配を整えたとの連絡が入った。俄然やる気が出る。


いつもの様に朝馬車に乗り込み、貴族学院へと向かった。馬車から降りると、マリアが来るのを待つ。その時だった。


「あの…ヒューゴ様」


この声は…


ゆっくり振り向くと、そこにはあの憎き女、クラシエが立っていた。顔を見た瞬間、怒りがこみ上げてきたが、極力冷静を装う。


「君は確か、ディースティン男爵家のクラシエ嬢だね。僕に何か用かい?」


「実は私…マリア様に酷い事をされていて…それで…」


水色の瞳からポロポロと涙を流すクラシエ。こいつ、一体何を言っているのだろう?もしかして、1度目か2度目の記憶が残っているのか?


「そう言えば、僕が君に同情するとでも思ったのかい?悪いが僕は、君が性悪な事も知っているよ。それから、万が一マリアに何かしようとしたら、ただじゃおかないから」


自分でもびっくりするくらい低い声で、この女に伝えた。


「私が性悪だなんて…酷いです。どうしてそんな酷い事を言うのですか?まさかマリア様に、何か言われたのですか?」


さらに涙をため、僕を上目使いで見てくるこの女。1つ言えることは、この女は相当頭が悪いという事だ。


「マリアは君の存在すら知らないよ…そうそう、僕はね、1度目と2度目の生の記憶も持っているんだよ。だから、いくら君が僕に言い寄っても無駄だよ」


ニヤリと笑ってクラシエに伝えてやった。


「まさか、ヒューゴ様も1度目の生の記憶があるのですか?でも、2度目とは?まあいいですわ。それなら、話は早いです。あの時の様に、私を愛してください」


嬉しそうにそう伝えたてきたクラシエ。どうやら2度目の生の記憶は、クラシエにはない様だ。


「悪いが僕が愛しているのは、マリアただ1人だ。君は僕がマリアを愛している事を知っていて、僕に嘘を付いたよね。マリアは王妃になる事しか興味がないと。でも、もうそんな嘘には騙されない。君のせいで、僕はずっと愛するマリアを抱きしめる事も、一緒にいる事も出来なかったのだから。はっきり言って、君の顔を見ると虫唾が走るほど嫌悪感が湧くんだ。二度と僕に近づかないでくれ」


「そんな…私たち、あんなに愛し合っていたのに…」


まだ食い下がるクラシエ。そんなクラシエに


「愛していた?僕は君を愛したことなど一度もないよ。そうそう、君は知らないだろうが、2度目の生のときも、僕にそんな様なことを言っていたよ。でも、僕が全く相手にしなかったから、何を思ったのかマリアを毒殺しようとして、君は処刑された。命が惜しければ、二度と僕とマリアに近づくな。これは警告だ」


「処刑ですって…」


口を押え、真っ青な顔をしているクラシエ。その時だった。


「ヒューゴ様!」


僕たちの元にやって来たのはマリアだ。僕の腕をぎゅっと掴み、不安そうな顔をしている。


「ヒューゴ様、この令嬢は…」


「彼女の事は気にしなくていいよ。さあ、行こうか」


マリアの腰を抱き、呆然と立ち尽くすクラシエの元を去る。


「あの…本当によろしいのですか?あの令嬢の事…もしかして、ヒューゴ様はあの方の事を…」


「僕が好きなのは、マリアただ1人だよ。彼女はどうやら僕のお妃になりたかったみたいだね。でも、はっきりと断ったから大丈夫だよ」


「そうだったのですね。それにしても、とても可愛らしい子でしたね…」


まだ心配そうなマリアをギュッと抱きしめた。


「もしかして、嫉妬してくれたのかい?嬉しいな」


「私は別に…ただ…楽しそうにお話をされている様に見えましたので」


楽しそうに見えたか…

まさかマリアが嫉妬してくれるなんて、嬉しいな。


クラシエには、あれだけはっきりと伝えたんだ。いくら何でも、もう僕にちょっかいを出してくることはないだろう。でも、念のため、マリアの護衛をより強固しよう。


それから、もしまたクラシエが絡んでくる様なら、正式に男爵家に抗議をしよう。


そう思っていたのだが…

この日以降、クラシエが僕たちに絡んでくることはなかったのであった。

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