第21話 カエルの集落
ぬめっと。
どろりと。
そんな感触で目が覚めた。
目を開けると、レイアがバスケットボールほどのデカいカエルを抱えていた。
そして、抱えられているカエルが口を開くと、そこから油のようなものが流れ出て、地面に横たわる俺に降り注ぐ。
先程の感触はこれだったようだ。
「な、なにを…」
少し休んだおかげか、なんとか話せるようになっている。
視線を隣の岩に向けると、岩はかなり小さくなっており、ぎりぎりの状態であったことが分かった。
「カエル、もっと吐けるかしら」
「ゲコ、おろろろろ」
レイアはカエルを動かし、満遍なく俺の身体にかけていく。正直、全く気分の良くなる光景ではない。
「レイア、これは?」
「このカエルは現地人…現地カエルよ。私たちを助けてくれたの」
「ゲコッ」
ご機嫌そうにカエルが鳴いたような気がした。
「獣ではないんだな?」
「ええ、意思疎通ができるわ。ね?」
「ゲココ」
「なるほど。この…油は?」
俺は身体にかかっている、茶色い液体を見ながら訊ねる。幸い良い香りだが、出てくるところを見ていただけに微妙な気分だ。
「このカエルの吐く油には、電気を通しにくくなる効果があるの。だからこのカエルたちはこの草原で生きていけるらしいわ」
「それはすごい」
「これで貴方を運べるようになったわ。安全なところに行きましょう」
彼女はそう言って、俺をお姫様だっこで持ち上げた。先程まで持たれていたカエルは、レイアの頭の上に乗っている。
レイアに雷が落ちた。
しかし、多少ピリッとするものの、ダメージを負った感覚はない。痛覚が鋭敏な俺でこれならば、常人であれば本当にノーダメージかもしれない。あ、いや、でも俺は電気に慣れてきていたところもあるから…どうだろう。
ともかくこの油にすごい電気遮断能力があることは分かった。
「なあレイア、安全なところって、どこに行くんだ?」
街からだいぶ離れたところで羊の獣に襲われたため、戻るにはかなりの時間を要する。
近辺に安全なところがあるのだろうか。
「このカエルたちの集落に行くわ。そこならきっと、身体を休めることができるはずよ」
「ゲコ」
レイアは劣悪な視界の中、迷わずに歩いて行く。
そして進むこと10分ほどして、土でできた大小様々な鎌倉のようなものが並んでいるのが見える。おそらくは家なのだろう。出入りするカエルも見える。
特徴的なのは、ところどころで家に油を吐きかけているカエルを見かける。家に雷が落ちても倒壊しないように保護しているのだろうか。
「ここがカエルの集落…」
至る所からゲコゲコと元気な鳴き声が聞こえる。
カエルのサイズも家のサイズと同じく大小様々で、テニスボールくらいのサイズから、1m超えのカエルもいる。かなり賑わっている?ようだ。
レイアは俺を抱いたまま、一番大きな家に入っていった。
中には、2mを超える大きなカエルがいた。なんと椅子に座っている。
「おお、無事に戻ったのかぁ」
しかもカエルが喋った。
「ええ、お陰様で助かったわ。本当にありがとう」
「いいんだよぉ、お互い様だからね。交換条件さ」
丸々とした身体を左右に揺らしながら、大きなカエルはレイアと話している。
「えっと、事情を説明してもらえるか?」
なんとなく察しはついているが、詳しく聞きたいと思った。
レイアは俺を地面に下ろして、話し始める。
「貴方を置いて、辺りを探索していたときにこの集落を見つけて、助けてもらったのよ」
「半ば脅しだったけどなあ。すごい形相だったよぉ」
カエルは怯えるような素振りを見せて、ゲココと笑った。
見れば、レイアはかなり泥だらけだった。
この集落まで歩いて10分かかったが、辺りを探索してここを見つけて、そのあと戻ってくるとなるとかなりの距離があるはずだ。よほど急いでくれたことが分かる。
「ありがとな、レイア」
「別に」
彼女は俺の視線で汚れていることに気がついたのか、泥を払い始めた。恐らく照れている。
「それで、交換条件っていうのは?」
俺はカエルとレイア、双方に訊ねる。答えたのは、レイアだった。
「紳弥を助けるための条件は2つ。カエルたちへの食料の提供と、害獣の排除よ」
一つ一つ詳しく聞いていこう。
「食料の提供っていうのは?」
「このカエルたちは、草原の奥地に生えている実を食べて生きているそうよ。そして、この子がさっき吐いていた油も、その実を食べることで作られるみたい」
ゲコと小さく鳴いたカエルがレイアの頭の上で油を垂らす。
あれでレイアが怒らないのだから、相当感謝しているのだろう。
それはさておき。
「なら、その実を採ってくればいいのか」
「いえ、そうではないの。それが2つ目の条件にも関わってくるのだけれど、どうもその実っていうのが、全部食べられてしまったみたいなのよ」
2つ目の条件は、害獣の排除だったか。ということは、
「その実を食べたのは害獣だな」
「そうなるわね」
「その獣さえいなくなれば、また栽培することもできるから、食糧難は解決するんだよぉ」
植物を育てるカエルか…。いや、見た目は似ているが、俺たちの世界のカエルとは別物だと考えた方が良さそうだ。
「それで、その実がないとなれば、何を食べるんだ?」
こちらから提供するという話だが、彼らの食べられるものを渡せるとは限らない。
「オリーブの実とか胡麻とか…トウモロコシも食べるのではないかしら。植物性の油が採れる実でしょう」
「それが口に合うかどうかは、食べてみてからだねえ。どれも我々は知らないから」
カエルはおおらかにそう言った。
「それで、2つ目の条件の害獣ってのはどういうやつなんだ?」
俺が訊ねると、レイアはにやりと笑う。
「さっき戦ったアイツよ。絶対殺してやるって決めてたからちょうど良かったわ」
「あのデカい羊か…」
先程の交戦を思い出す。
巨体による突進力、雷を纏った体毛による防御力、そして一撃必殺の放電攻撃。
転生者のレイアで互角だったのだ、かなり手強い獣だ。苦戦は必至だろう。
「簡単よ。楽勝よ。圧勝よ」
ボキボキと拳を鳴らしながら牙を見せる彼女は相当にあの獣に恨みを持っているようだった。
しかし、レイアはそう言うが、簡単にいかない相手であることは事実だ。
何か作戦が必要かもしれない。
「じゃあ、私は一度街に戻るわ」
レイアが俺を地面に下ろしながら言う。
「そうしてもらうと助かるよお。早めに食べ物を持ってきてくれないと、みんな死んでしまうからねえ」
「ゲココ」
「そうだねえ。でも脅しっぽく聞こえるよそれはあ」
「ゲコリ」
「うーん」
「いや全然何言ってるか分からないから翻訳してくれ」
カエル同士で会話されても何もこちらでは分からない。
「いやねえ、ぼくらは油で建物をコーティングして雷から実を守っているからねえ。この建物は大きいから、食べ物がないと彼を保護しているのも難しくなるって言えってさあ。脅しっぽいから秘密だけどねえ」
いや言ってるんだよ既に。結構ずぶとい性格なのか、それとも本当になりふり構っていられないほどに困窮しているのか。
「大丈夫よ、そんなに言われなくても、急いで持ってくるから」
レイアは家の出口に向かう。
「じゃあ、紳弥。すぐ戻ってくるから、ゆっくり休んでいなさい」
そう優しく言って、レイアは去って行く…と思いきや、急にこちらに戻ってきた。
「聞いていたわね。今からそっちに行くから、今のうちに何かこの子たちの食料になりそうなものを準備していなさい。調査のための必要経費だから。いいわね」
一瞬俺に言っているのかと思ったが、レイアは俺のポーチの中にある端末を通して、ハルキに言っていることに気がついた。
ハルキから返事がないことを確認すると、ふん、と鼻を鳴らして今度こそ彼女は出発した。
「おっかない子だよねえ」
カエルがしみじみと言う。
「口調だけだよ。ああ見えて優しいんだ」
「そうかあ」
俺はカエルたちの集落で、回復を待ちながら次にあの羊と戦うときのための作戦を考えるのであった。
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