第6話 救助

目を覚ましたのはどこかのベッドの上だった。

いつも見知らぬ天井を見て目を覚ましている気がする。

まぁそれも当然か、見知らぬ世界なんだから。

寝起きで少しボケていたが、ふと今の状況を思い出した。


「!!」


慌てて両手両足を確認する。拘束はされていない。

辺りを見回す。ヒナミはいない。というか、周りにもベッドが並んでおり、ちらほらとその上で寝ている人が見えた。


「医務室か…?」


どれだけ俺が寝ていたのかは分からないが、傷は全て再生している。これに関してはヒナミに感謝してもいい唯一の点かもしれない。


どうやら誰かが俺を助けてくれたらしい。そうでなければ、きっと俺が目覚めたのはあの古城だっただろう。

とりあえず、ナースコールと思わしき枕元のボタンを押した。

これで俺を助けてくれたのがヒナミみたいなやつだったら…もうこの世界では誰かを拾って拷問するのが流行っているとでも割り切ろう。


しばらく待っていると、看護師らしき女性と、ガタイの良い男がやってきた。


「目が覚めましたか、お体の調子はどうですか?」


「あ、大丈夫です」


看護師は俺の身体を一通りチェックして、目立った外傷がないことを確認したのち、後ろでその様子を見ていた男の方を振り向く。


「怪我はもう大丈夫のようです。運び込まれたときは、複数箇所に骨折や激しい裂傷が見られましたが、今は快復しているようです」


「ほう、素晴らしい肉体をしているんだな彼は」


若い見た目に見えたが、声はとても低く、男らしく、やや掠れている。


「では、私はこれで。他の患者さんもいますから」


「おう、おつかれさん」


「お大事に」


看護師は笑顔でそう言って部屋から出ていった。

残されたのは俺と男だけだった。

一瞬お互いの距離を測りかねるような静寂が場を支配する。

周りの患者は皆寝ているようだった。

口火を切ったのは男のほうだった。


「俺が運び込んだときには、満身創痍で、なんなら死ぬかもしれねえと思ってたが…まさか今は無傷とはな。穴から出てきて転生者でもあるまいし、とんだビックリ人間だな」


ははっと楽しげに笑う男は俺のベッドの隣に椅子を持ってくると座り込んだ。

ちょうどこの前このような構図で襲われたので、少し警戒してしまう。

それが伝わったのか、彼は怪しいものではないぞと言わんばかりに両腕を広げ、自己紹介を始めた。


「俺は樋口譲治。ここの調査団の部隊長をやってる。お前を拾ってきたのも俺だ。ゲートが開いたもんだから、いつもどおり新人を迎えようとしたら、なんと明後日の方に吹っ飛んでっちまったんだから…探すのは苦労したぜ」


男の説明が正しいならば、森の中で気絶していた俺を回収して、ここまで運んできてくれたらしい。


「あの…ありがとうございました。たぶん拾ってもらえなかったら大変な目に遭ってました」


ひとまずお礼を言う。

間違いなくあのまま森の中で気絶していて、樋口譲治と名乗る彼が回収してくれなければ、俺は再びヒナミの手に落ちて、礼亜を探しに行くことは二度とできなかっただろう。


「おうおう、良いってことよ。見る限り、お前も日本人だろ?同郷の後輩が久しぶりで、こっちも嬉しくなったよ」


今もニコニコと微笑んでいる彼はとても人当たりが良い。身体は威圧感を与えるような重厚感があるが、それを性格で打ち消しているような印象を受けた。


「ここは…どこなんですか?」


改めて辺りを見渡す。

窓の外には建築物が見えるし、街…だと良いなと思っている。


「ここは…ということを説明する前に、お前のことを教えてくれないか?一応、念の為にな。穴から来たんだろ?」


「あ、そうですよね、すみません。俺は上島紳弥です。樋口…さんの言う通り、穴を通ってこの世界にやってきました」


「ってことは、機関から派遣されてきたってことでいいんだよな?」


「派遣…まぁ、はい、そうです。穴に入ればすぐ拠点だと日本では聞いていたんですが、なぜか知らないところで目が覚めて」


先程の樋口さんの説明によると、俺がどこかに飛んでいったとのことだったので、もしかしたらヒナミの引力で吸い寄せられたとか…ないか?ないか。


「そして…」


俺は樋口さんに今まであったことを話した。

異世界には幼馴染に会うためにやってきたこと。

その後、ヒナミに助けられ、回復力を得て、襲われて、逃げてきたことを。


「というわけです…ホントに助けてくださってありがとうございました」


説明を終えた俺は改めて頭を下げた。


「大変だったんだなぁ…安心してくれ、ここは調査団の拠点だ。お前はやっと、たどり着いたんだよ」


彼は笑顔で俺の肩に手を置いた。

そしてそのままスリスリと感触を味わうように手のひらを動かした。


「それで、これから俺はどうすればいいですかね?」


知り合いもいなければ、頼るところもない。とりあえず俺は調査団をあてにするしかないのだが…。


「そうだなぁ、こんなに早く動けるようになると思わなかったからなぁ」


すると彼は俺の肩から手を離し、悩みながら立ち上がった。


「とりあえず、ここのトップに挨拶しようか」


そう答えを出した彼は、俺が立ち上がるのを待ってから歩きだした。

俺はひとまずついていく。


受付らしき窓口の前を通ったときには、「こいつもう退院させっから」と看護師に一声かけていた。看護師からは何か言われていたが、聞こえないふりをしていた。


医務室かと思っていたが、ここは病院のようだった。

何回か階段を下っているので、割と大きめの病院だと分かる。

てっきり異世界というものだから、レンガ造りだったりするのかとも思ったが、見た感じ日本と同じように見えた。

そしてついにエントランスから外に出る。


「おぉ…すごい…」


病院から少し歩いて大通りに出た俺は、辺りを見て思わず声を漏らした。

コンクリートで舗装はされていないが、しっかりと整備された道の両脇には、露店や2階建てくらいの木造建築が並ぶ。

英語や日本語、あれは恐らく異世界語…など沢山の看板が並び、読めないものも多いが、看板には基本的に絵が書いてあったため、何屋なのかはなんとなく分かるようになっていた。


風景自体は少し昔の日本という感じだが、一番驚いたのはそこで買い物をする人…人というのか分からないが、その人たちの姿だった。

羽が生えていたり、鱗や尻尾があったり、はたまた頭が2つある人もいる。


初めて実感した。

俺は異世界に来たんだ。

思わず足を止めてしまった俺に、勘違いしたのか樋口さんは小声で言う。


「大丈夫だ、見た目は人間と違うが、人だ。それにここにいる人たちはみんな、人間に好意的だから取って食われたりはしねぇよ」


「ああいえ、特にそういう心配があったわけではなくて…ただ異世界に来た実感がやっと湧いたといいますか…」


「ああなるほど、たしかにそうかも知れねえな。やっぱり最初に現地人を見た奴らは皆驚くよ」


ははっ、と笑いながら言う樋口さんは、そう言った。もしかしたら毎回新人は俺と同じように驚くのかもしれない。


「ただ、気をつけろよ?あんま異世界だとか、異世界人だとか、ましてや化け物なんて言うのは御法度だぜ」


「あー、あっちからしたら我々が異世界人だって話ですか?」


「そういうこと。あんま良い気はしないみたいだぜ」


「じゃあ、こっちの世界のこととか人のことは、なんて呼べば良いんですか?」


「んー、そうだなぁ…種族ごとに呼び方は違うみたいだからなんともなぁ…大体は、こっちの世界で通じるし、身内では異世界って言う。異世界人は、人ってひとくくりにするか、仲間内では現地人なんて言ったりするな」


なるほど、差別的にならないように気をつけなきゃないってわけか。


「でも、種族ごとに違うってのはどういうことですか?種族ってのは同じ見た目の人たちの括りですよね?」


「そうだな、この世界は割と各種族ごとでまとまって生きてるみたいで、あんまり他種族に干渉しないみたいなんだ。だから各々独特な生活様式を持つし、常識だって違う」


随分と閉鎖的なんだなと思った。

でもそれにしてはこの辺りの風景は色んな種族がまじって賑やかな雰囲気を感じる。


「あぁ、この街は別だよ。ここには、色んな種族が集まって暮らしてる。各々が交流して、自分の集落に帰って知識を共有したり、交易の場になっているらしい」


「なんでこの街だけ特別なんですか?」


「俺たちが周囲の安全を確保してるから…なのかもなぁ。自信はないが。さっきも言ったがこの世界は種族ごとにまとまって生きている都合上、あんまり外に出歩かないらしい。結果、詳細な地図もないし、未開の地も多いし、町の外を歩くとなると、お出かけ、じゃなくて旅って言う方が近くなるんだな」


「なるほど…」


例えば、人間は各国ごとにまとまって領土の拡充や調査を行っていったはずだ。

ただ、それは大陸中に存在している知識ある存在が人間のみ且つある程度数が存在していたからであって、もしも人間の数が少なくて周りに他種族が沢山住んでいたら、調査は進まなかっただろう。


少数で野に出れば自然が牙を剥くし、なんであれば他種族と争いになることもあるかもしれない。

そうして皆が自分の縄張りからでなければ、交流も無ければ街道も作られない。

だから未開の地が多いし、集落の外に出ることが厳しいのだろう。


「最初は、各種族の変わり者や旅人たちが、人間の文化を珍しがってやってきただけだったんだがな。その評判が伝わっていつしかここは他種族が交じる唯一の街となったわけだ」


案外、交通の手段がなかっただけで、現地人も実は他の種族と交流したかったのかもしれないな。


「あれ、でもその割には言葉は通じるんですね」


俺は1つの疑問にたどり着く。

すると彼はニヤッと笑って辺りを見渡した。

探していたものが見つかったようで彼は一旦人混みに紛れ、そしてすぐに戻ってきた。黒人を連れて。


「彼はボブ。調査団の一員だ。そして彼は紳弥。調査団の新入り…になるはずの男だ。お互いよろしくな」


樋口さんは俺をボブと呼ばれた黒人に、ボブに俺を紹介した。

よ、よろしくって英語で何て言うんだ?ナイストゥーミーチュー…?


「よろしくな、新人!」


俺が悩んでいるうちにボブの方から挨拶をしてくれた。

しかも流暢な日本語で。


「よろしくおねがいします。日本語、上手ですね」


俺は言葉が通じることにホッとしながら、返事をした。

するとボブはきょとんとした後、樋口さんを見てニヤリと笑う。

何が起こったのか分からない俺に、ボブはイタズラっ子のような笑みを浮かべながら言った。


「俺は英語で喋ってるんだぜ、ブラザー」


「えっ、えっ?」


困惑する俺にボブは続ける。


「この世界では言葉は自動的に翻訳されるんだ。だから、俺たち調査団には様々な国の人間がいるが、問題なく活動できるってわけさ」


「オーケー、ボブ。説明感謝する」


「ヘイ、リーダー、わざと新入りを驚かせるためだけに俺を呼んだな?こう見えても忙しいんだぜ。もう行ってもいいか?」


「おう、ありがとな」


ボプは樋口さんとハイタッチして再び人混みの中に消えていった。


「というわけで、問題なく話せるから、現地人とも話せるわけだ」


2人に戻って、道案内を続けながら樋口さんは言った。


「なるほど、すごいですね…でもなんでなんでしょうか?」


「そうだなぁ…多分だけど、こっちの世界ではバベルの塔が作られるようなことはなかったんじゃないか」


バベルの塔って、あの高く作って、神の怒りをかって、壊された挙げ句に共通言語も失われたっていうアレだよな。

まぁ各種族ごとに暮らしてるんじゃあそんな建築物は確かに作れないだろう。

当然おとぎ話にしか過ぎない話なので、樋口さんも詳しくは分からないから適当なことを言っているに違いない。


「まぁ、そうかもしれませんね」


だから俺もそれ以上は聞かず、同意した。


「お、ラーメン屋もある」


「すげえだろ。基本なんでもあるぜ」


俺たちは街中を眺めつつ、調査団のトップがいるという本部に向かうのだった。

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