第19話 ミスノーブルは諦めない

 あぁ、とんでもない事になってしまった。


 琥珀は頭を抱えた。二人とも、自分みたいな顔だけの男には勿体ない良い子である。属性は個性的だが、モナカも法子も普通に可愛い。胸も大きい、お尻も大きい。性格だって悪くはない。むしろ良い。良すぎるくらいだ。悪い所があれば断れるのだが、そんな所は見つからない。


 大体、自分みたいな男が女の子を選ぶこと自体、傲慢でおこがましい行為に思えてならない。でも、選ばなければいけない。だから悩ましい。頭を抱える。助けてくれ!


「ではまずは、わたくしのターン!」


 バッ! と法子が扇子を開く。


「第一に、なんと言ってもわたくしはお金持ですわ! わたくしと結婚すれば玉の輿! 黄金色の将来が約束されたも同じでしょう」

「け、結婚!?」


 いきなり飛び出したワードに琥珀は狼狽えた。

 数日前まで一生独りを貫く気だったのだ。

 結婚なんて思いもしない。


「なにを驚いてらっしゃるんですか? 付き合うからには、いずれはする事になりますでしょう?」

「私もそのつもりでしたが。まさか琥珀君は、遊びのつもりだったんですか?」


 モナカが言った。一見すれば表情の薄い仏頂面だが、目は弾けそうな程潤んで、瞳はぶるぶる震えていた。声もそうだ。


「ち、違うよ!? そんなわけないでしょ!? 僕、彼女なんかろくに出来た事ないから、そこまで考えが回らなかっただけだよ! 勿論付き合うからには結婚するよ! 当たり前じゃないか!」


 大真面目に琥珀は言った。一般的にはそんな事はあまりなかったりもするのだが、ボッチの琥珀が知るわけはない。文ちゃんも、そっちの知識は教えてくれなかった。


「ならいいんですけど……。琥珀君はイケメンなんですから、あまり不安にさせるような事を言わないで下さい」


 モナカが胸を撫でおろす。無敵の超人みたいなモナカが狼狽える様を見ていると、琥珀は背徳的な悦びを感じた。だが、それを自覚するのはもう少し先の事である。


「とにかく! わたくしと結婚すれば将来は安泰ですわ。就活は勿論、受験の必要だってありません。なぜならわたくしが養いますから。天吹君は働かず、毎日好きなように遊び惚ける事ができますわ! お小遣いは好きなだけ、親の面倒も見てさし上げます。文字通り、極楽のような生活をお約束いたしますわ!」


 それで勝ったと言いたげに、法子がドリル頭をかき上げる。


 確かに魅力的な話ではある。好き好んで受験や就活、仕事をしたい人間なんているだろうか。社会に出た経験など琥珀にはないが、日々流れて来る暗いニュースや疲れた顔で歩いている大人を見ると、将来が不安になる。僕も社会人になったらあんな風になっちゃうのかなと。そんな悩みから解き放たれるのなら、こんなに嬉しい事はない。


 一方で、そんな理由で彼女を選ぶのは絶対嫌だなと琥珀は思った。それでは金目当てで法子と付き合うみたいだ。世間ではそういう男をヒモと呼ぶらしい。他人の事をとやかく言うつもりはないが、琥珀は嫌だ。罪悪感でおかしくなってしまう。受け身気質の琥珀だが、貰ってばかりは嫌なのだ。


 だから、そういう理由じゃ付き合えないと言おうとした。

 その前に、モナカが口を開いた。


「お金なら私だって持っています。詳しい事は言えませんが、琥珀君とその家族を養うくらいなら楽勝です」

「はっ! ただの女子高生が嘘仰い! 仮にそうだとしても、わたくしの財力には敵いませんわ。年商一兆ですわよ! モナカさん。あなた、沖縄に別荘はお持ちかしら? わたくしは持ってますけど。ハワイにだってありますわ。勿論プライベートビーチ付きで。おーっほっほっほ!」


 高笑いを浮かべる法子を見て、メイドのヘブンがだめだこりゃと頭を抱えた。


「別荘は持っていませんが、琥珀君といつでもどこでも世界中好きな場所に旅行に行って豪遊するくらいのお金は持っています。それで十分でしょう?」


 冷静に言い返すモナカに、法子は「うぎぎぎ」と扇子を噛んだ。


「わ、わたくしだったら宇宙旅行だってプレゼント出来ますわ! 流石にそれは無理でしょう!?」

「それは無理ですけど。宇宙旅行って怖くないですか? なんか大変そうだし。シャトルに乗ってちょっと飛んで帰ってくるだけじゃないですか。だったら志摩スペイン村にでも行った方が絶対楽しいと思いますけど」

「あ! 知ってる! チュロスがものすごく美味しいんだよね! いつか行ってみたいと思ってたんだ!」

「なら行きましょう。私と一緒に。どうせなら、連休の時がいいですね」


 あっさり告げるモナカに、琥珀の胸はショート寸前だ。

 彼女と一緒に旅行! しかも多分お泊り! そんなことになったら、なにも起こらないはずはなく……きゃー! っと、琥珀は興奮して飛び跳ねそうになった。


「う、ぁうぁ……」

「お嬢様! ファイト! ここが踏ん張りどころですよ~!」


 暇を持て余したアリエッティとしりとりをしていたヘブンが似顔絵付きの小旗を振って応援する。


「――っ! す、スペイン村がどんな所かは存じませんが、わたくしなら丸ごと貸し切りに出来ますわ!」

「残念ですが、スペイン村は貸し切りにするまでもなくガラガラです」

「ね~」


 ネットニュースでも話題になっていた。琥珀はとあるVチューバーの配信で知った。だから、行ったら聖地巡礼みたいで楽しいだろう。


「それに極楽院さん。あなたと付き合ったら働かなくていいと言いましたけど、そんな事はないでしょう。だって、年商一兆円の大企業の会長さんのお孫さんなんでしょう? あなたと結婚したら、大なり小なり経営に関わることになるはずです。むしろ普通の人の何倍も働く事になるのでは? 勉強だってそうです。あなたのご家族は、彼氏が低学歴である事を許してくれるでしょうか? それ以前に、あなたには好きな相手と結婚する自由があるとは思えないのですが?」


 確かにと琥珀も思った。法子のようなお嬢様と結婚したら、色んな事が大変そうだ。もちろん、そんな理由で彼女を振るのは違うとは思うが。


 大事なのはやっぱり気持ちだ。愛なのだ。そんな事を大真面目に考える程度には、琥珀は拗らせた童貞君なのだった。


 ともあれ、モナカは痛い所をついたらしい。

 法子の顔がサッと青ざめ、足元がふらついた。


「う、うるさいですわ!? そんな事、わたくしだって分かっています! でも、でも、でもでもでもでも! 夢を見るくらいいいじゃありませんか! せめてモラトリアムな学生の間ぐらい、素敵なイケメンと儚い夢を見たっていいじゃありませんか! うわああああああん!」


 法子がギャン泣きしてリムジンに逃げ込んだ。


「今日の所はこれで引き揚げます。ですが、これだけは覚えておいてください。法子お嬢様の魅力はこんなものではありません。その気になれば、天吹様の為にお家を捨てる覚悟もございます。なによりお嬢様は、ヘタレですが往生際の悪いお方。一晩泣けば立ち直り、再び恋心を燃やす事でしょう。では」


 そんな台詞を残すと、ヘブンは優雅に一礼してリムジンに戻った。

 しりとりは彼女の勝ちだったらしい。


「……えーと。この絨毯、どうするのかな?」


 走り去るリムジンを見送って琥珀は呟いた。


 心配ご無用、お付きのベンツからわらわら使用人が出て来て、ばっちり後片付けをして去って行った。

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