いつかの魔法と超能力者
定森 善衛
第1話
「人嫌いを名乗れる程人間について詳しいの?」
「……それを俺に聞くか普通?」
昼休みも半ば、放課後までに提出する反省文を前に
「それじゃあ本を数冊読んだくらいで、世界中の書物をすべて理解したなんて言えると思う?」
前の席に腰かけながらも、いつも通り眠そうな、見方によっては常に微笑んでいるように見えるタレ目がこちらの瞳を覗き込んでくる。
「俺がどんだけ人の心を読んでも、人間をひとくくりにして分かった気になるのは間違いだってか?」
自分の声が若干ささくれ立つのを感じながら、髪を
「テレパスは他の人より少しコミュニケーションの情報量が多いだけで『チョットワカル』くらいの
メノはそうくっちゃべるのと平行し、反省文の隅に何やら絵を描き始める。
「――心なんて複雑怪奇なものを読み取って、全部を理解するなんて土台無理な話だし」
よく見るとそれは、
「もしかしなくても俺かこれ?」
「そう。吸い込む力が強くても、それを溜めるミチの心の方はすぐいっぱいになる。つまり吸い取ってもそれを処理する余裕はないってこと、というか普通は大人でもパンクしちゃうんじゃない?」
「大層な説明どうも……つかこのイラストはちょっと悪意あるだろ」
ソンナコトナイヨと白々しいにも程がある棒読みで、今度は(モウホコリはこりごりでござる~)等と吹き出しをつけ遊び始める。
やっぱ馬鹿にしてんじゃねえかと、あまりのくだらなさに少し笑ってしまった俺を見て満足そうに頷くと。
「ここからは真面目な話」
「――あ?」
急に真面目くさった顔つきをねめつけるも相手はどこ吹く風だ。
「……ただ単に、家族にはあんな顔して人間なんか嫌いだ、なんて言って欲しくなかっただけなんだ。ましてやミチはまだ中学生なんだし、人間嫌いを自称するには早いよ」
ほらほら言ってみ?目の前の生き物の種族は? などとうざったく絡んでくる馬鹿をあしらっていると気づけばまた、向こうは心配げな顔つきに変わっている。
コロコロ表情やテンションが切り替わるのはいつものことだが、構ってくる訳を察してはいてもうざいものはうざいのだ。
「信じられないなら、その手袋を外して手でも繋ぐ?」
「……野郎と手なんぞ繋ぐ趣味はねぇ」
「それは僕にもないけど。さっきの授業中、居眠りしてる所を小突き起こされたときに視えちゃったんでしょ? それでつい先生の手を強く振り払った」
一向に進まぬ反省文に目を向け、どこか悲しげな目をしてメノは続けた。
「いつか……いつか相手の全てを知りたくなって、自分のことも心から知って欲しいと思える人に出会えたら。スマートにデートへ誘って思う存分手を繋ぐといい。僕より
「うっせ。んーなのは余計なお世話だしお前も知ってるだろ、俺は――」
「ご両親のことなら知ってる。でもさっきの本の話じゃないけどあっちはたったの二人、対してこっちは僕にじいちゃんとばあちゃん、それと伯父さんまでいる。単純計算で二倍の戦力だ」
「……つまりなにか?血の繋がった実の親に拒絶されてもへらへら笑ってろって?」
対面の分かりづらいドヤ顔を眺めているとどうしても気が抜けるが、その純粋で滅茶苦茶な、理論とも呼べない言葉につい悪態を吐いてしまう。
「血だけでいうならみんな血縁関係にあるし、僕は会ったこともない御両親については想像することしか出来ない。だからこれは、僕のエゴの押し付けだと思う」
「………………」
「――長々と話しちゃったけど要は
描きかけの落書きを放り出し、独りでいいのと一人でいたいのは別なんだと。真剣な顔して語るこいつは
……しかしこの目はクソみたいな力よりよっぽど人の気持ちに触れようとしてくる、_あの面倒なじいさんと同じ目だ。そんなモノを使わなくとも伝わってくる、人の意思が宿った目。
「あーもう分かった降参だ、いい加減なんべんも恥ずかしいこと言うのをやめろ。てかあんまり人が居ないとはいえ昼休みの教室でする話かこれ?」
「『伝えたいことはすぐに伝えろ。足りない言葉は行動で示せ』がじいちゃんの教えだから」
「普段はぼけっとしてるくせに、マジでこういうときだけは
こちらの発言などどこ吹く風よと、俺の眼前に用紙を突き付けたメノが口を開いた。
「うんうん、それじゃあ真面目でスマートな男を目指してまずは反省文をやっつけよう」
いつものことだが、その突然の切り替わりにはついていけない。
「つーかいつまで女がどうだ、スマートがなんだって話を引きずるつもりだ?」
「それはただ家族以外の繋がりもできたら良いなってだけなんだけど。ごめん……確かにミチのパートナーは女の子だって勝手に決めつ――」
「だぁー!もういいわっ、そこじゃねーし反省文も全然だしでお前がいると終わらねーんだよどっかいけ!」
しっしっと野良犬を追い払うように手をひらひらさせると「酷くない?」などとぶつくさ言いながら自分の机に戻っていく。
ふと教室の時計を見れば、いつの間にか昼休みは残り十分を切っていた。
「放課後までに終わるかこれ?」
ため息に混じって、知らぬ間に自分の口角が上がっていることに気がつき目を閉じた。
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