第89話 ミア様の訪問③
「わー。めっずらしいお客さんじゃん」
レイナルド様の言いつけで四人分の夕食を手に現れたクライド様は、珍しいといいながらずいぶん落ち着いて……というか面白がっていらっしゃる。
レイナルド様は腕組みをしたまま座っていらっしゃって、ミア様はニコニコと微笑んでいた。いつもとは違う雰囲気が気になりながら、私はそのバスケットの中からお鍋を取り出す。
「き、今日は何でしょうか……!」
「サーモンとポテトのグラタンに、フィーネちゃんの好きな焼き立てパンだって。クリームチーズと生ハムもついてるから、オープンサンドにできるね」
「わぁ……! デザートもあります」
今日はデザートにシナモンロールがついている。甘くスパイシーな香りに鼻をくんくんとさせていると、私とクライド様を交互に眺めていたミア様が大声で喚いた。
「何それ。サンドイッチにグラタンにデザート⁉︎ 食堂のメニューよりよっぽど豪華なんだけど⁉︎ アンタ、いくら平民の出だからってご飯目当てでここに通ってたわけ?」
「…………!」
ち、違います……! と思ったけれど、最近では半分ぐらいあっている気もする。
ちなみに、レイナルド様からの明確な敵意を認識したミア様は、かわいらしい『ミア・シェリー・アドラム』の顔を封印されたらしい。
そして、すぐに答えられなかった私を見て、一体どういうことなのかレイナルド様は気をよくされた様子だった。
「フィーネに食事の楽しさとおいしさを教えたのは俺だからな」
「レ、レイナルド様、本当にありがとうございます」
「レイナルドは本当にフィーネちゃんに甘いよな。最近は俺への冷たさが際立って悲しーわ」
「……お前とフィーネへの扱いが同じはずないだろう?」
私たちのやりとりを凝視していたミア様が私の耳元でボソッと呟いた。
「……アンタ、玉の輿いけるんじゃない?」
そんなに大それた冗談は本当にやめてください。
そのまま、流れでミア様はバスケットの中を覗く。そこにはほかほかのパンとシナモンロール。歓声を上げるのかなと思ったけれど、その反応は意外なものだった。
「……デザートって、シナモンロールなの……?」
さっきまでの図太さが嘘のように、強張った声色と表情をされている。
「は、はい。お嫌いでしたか?」
「嫌いじゃないわ。大丈夫よ、こんなの」
けれど、その表情も口調も、ただ嫌いな食べ物を前にしただけのようには見えない。複雑そうで、ひどく強張った顔。
どうしたのかな……。
少しして準備が整い、珍しいメンバーでのディナータイムが始まった。
いただきます、と手を合わせた後で私は早速グラタンにフォークを入れる。
こんがりと焼け目がついたチーズがとろけた先に、サーモンとじゃがいもが重なっている。一緒にフォークにのせ口に入れると、クリーミーな味わいが広がった。
「じゃがいもに生クリームを合わせているのでしょうか……? 濃厚でおいしい……! 加えてサーモンの塩気がとってもいい感じです。使われているハーブはローズマリーですね。味に深みが、」
「フィーネちゃんのその分析聞くの久しぶりだわ、まじで。休暇、楽しかった?」
「はっ……はい、それは」
クライド様が突っ込んだ質問をしてくるので、レイナルド様とダンスをしたり湖畔で魔法を使ったりいろいろやらかした自覚のある私は努めて平静を装う。
いつも、私に答えてくださるのはレイナルド様。けれど、今日はニコニコと微笑んでいるだけだ。そして、私の隣に座ったミア様のことを注意深く見ているのがわかる。
このアトリエに来たばかりのころ、いつもドキドキしていて伝えたいことがなかなか言葉にならなかった。
そんな私を変えてくれたのが、この食事の時間。ミア様を仲間にするつもりはないけれど、普段たまに見せる翳りのある表情がとても気になる。
もしかして、魔力空気清浄機の生成をお手伝いしてくれようとしたことと何か関係があるのかもしれない。
あまり関わりたくはない方だけれど、ミア様は工房では私を助けてくださることもある。私も『フィーネ』としてなら、何かミア様にできることがあるかもしれない。
まずはとにかく、今日の夕食もとってもおいしい。この冬の間に味のレベルが3まで上がってしまうかもしれない、と欲張った私は、隣のミア様の様子に驚いた。
「⁉︎ ……ミアさん、お口に合いませんか」
「……おいしいわよ」
「では、どうして」
どういうことなのか、ミア様のお皿のグラタンもサンドイッチもあまり減っていないのだ。
王宮の厨房で作られるご飯はとてもおいしいはず。どうしたのかな、と心配した私にミア様は口を尖らせた。
「私、少食なの」
「……」
アカデミーにいた頃、ミア様はそんなに食が細かったかな……。
そう思っていると、私たちの空気を察したクライド様が間に入ってくださった。
「あ、わかった。デザートのシナモンロールが食べたいんでしょ? 甘いものが好きなんて、ミア嬢もやっぱり女の子だね」
「違いますわ。シナモンロールは残してはいけないのよ」
「……」
いつも愛想のいいミア様のつっけんどんな答えに、私は首を傾げる。
ふざけているのかと思ったけれど、ミア様は顔をこわばらせたまま動かなかった。
本当に、何か様子がおかしい気がする……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます