世界で唯一の魔法使いは、宮廷錬金術師として幸せになります※本当の力は秘密です！

第74話 ローナさんのお手伝い①

　クライド様が持ってきてくださった鍵を使って保管庫を出た私は、お二人と別れて工房に戻った。

「あ！　どこに行っていたのよ。ずっといないから、私の仕事が増えて大変だったじゃないの！」

「えっと……保管庫での素材集めに手間取りまして」

　頬を膨らませたミア様に話しかけられてホッとする。言い方は刺々しいけれど、少し心配してくれているのがわかったから。

「ローナさん、もう戻ってるわよ。この後手伝いがあるんでしょう？」

「……えっ？　ご、ご存じなのですね、」

「当たり前でしょう。なんか皆注目しているわよ？　ローナさんの試作品についてもだけど、サポートがアナタだから」

「……」

　いつもならドキドキして呼吸が速くなってしまう私だけれど、今日は少し落ち着いている。だって、レイナルド様に宣言したのだ。自分の力で何とかしたい、って。

　そうしていると、背後からデイモンさんに話しかけられた。茶色の短髪に、がっしりとした体躯、錬金術師見習いの白いローブ。さっきレイナルド様がおっしゃっていたのと同じ特徴にため息が出る。

「その籠、ローナさん個人のアトリエに持っていこうか」

「デイモンさん……」

「長い時間寒いところにいて疲れただろう？　遠慮しないで、ほら」

　籠の持ち手を掴まれたのを、私はぎゅっと握りしめて抵抗した。

「ま……前にも申し上げましたが……これは私の仕事ですので大丈夫です」

「そ、そんなに警戒しなくたって。俺は別にただ手伝おうとしただけなんだけど」

「……お気持ちだけ、ありがたく」

　デイモンさんの言葉に言い訳のようなものを感じてしまったのは私だけではないと思う。その証拠に、ミア様はツンとすましたお顔で「ほらね？」って囁いていた。

　◇

　王宮にある錬金術の工房は少し複雑な作りになっている。

　工房が置かれる一帯の入り口ではレトロな扉と呼び鈴が出迎えてくれて、そのカウンターを抜けると一般的な錬金術師が働く工房がある。

　そこでは、肩に紫の線が入った宮廷錬金術師と白いローブを着た見習いが一緒に働いていて、王宮内のオーダーを受けてポーションや魔法道具を生成している。

　王宮の外から持ち込まれたポーションが集まるのもこの部屋だし、私が週に二回手伝いをするのも基本的にはこの場所。そして、衝立の向こうは広い壁一面が素材の収納棚になっている。

　大小の瓶に詰められたたくさんの宝石や薬草のほか、生成前の処理を施している最中のハーブやいろいろな湖の水、設計図を描くのにふさわしい布などが綺麗に並んでいて、見るだけで心が安らぐ場所。

　そして、奥にはさらに扉がある。扉の先にはいくつかの個室が並んでいて、宮廷錬金術師の中でも特に地位の高い人や能力を認められた人だけが持てるアトリエになっているのだ。

　今日、私がお手伝いする生成はそこにあるローナさん個人のアトリエで行われるものだった。

「この前、商業ギルドに提出されたっていう魔法道具の設計図、錬金術師ギルド経由で見たわ。面白かった」

「あ、ありがとうございます……！」

　ひとつに結んだ栗色の髪を揺らして快活に笑うローナさんに、私は縮こまる。そんな私を見て、ローナさんはさらに目を細めた。

「そんなに緊張しなくてもいいのよ。今日の生成には時間差で素材の加工が必要なものもあるから、サポートに入ってもらうだけなの。不測の事態がない限りあなたには見ていてもらうだけだから」

　私はただこくこくと頷く。この工房で手伝いをさせてもらえるようになってから、ローナさんは本当に私の憧れで。

　今朝、アシスタントを頼まれた時は訳がわからなくてパニックになってしまったけれど、改めて考えると、ローナさんの生成を真近で見せてもらえるとてもいい機会だと思う。

　とにかく、学べるところはきちんと学ばなきゃ……！　

　そう決意した私の視界に飛び込んできたのは、とても珍しい素材だった。

「ローナさん、その素材って……」

「あら、気がついた？　これね、さっき獲（・）っ（・）て（・）き（・）た（・）ばかりなの。満月の翌朝にしか現れないシルバーウルフの爪。間に合わないかと思ったんだけど、何とかなってよかったわ」

「あの……と、とっても貴重なものではないですか……！」

「ええ。市場にはなかなか出回らないし、数人の冒険者と同行してちょっと大変だったのよ？」

「……！」

　私が普段生成に使う素材は、薬草や宝石、湖の水をもとにしたものが多い。けれど、いろいろな依頼を受けることが多い宮廷錬金術師はこんな風に魔物の爪や毛を素材にすることもある。そういうものからつくられるのは、ほとんどが特別な魔法道具なのだ。

　わくわくが堪えられなくなった私は、聞いてみる。

「この素材のリストを見ながらずっと考えていたのですが……今日は何を生成されるのでしょうか……？　珍しい効果を持つポーションや何かの魔法道具の応用ではないですよね……？」

　私の問いに、ローナさんはふふっと悪戯っぽく笑った。

「今日作るのはね、いわゆる“空飛ぶ絨毯”なの」

「空飛ぶ……！」

「そう。私ね、ここで働くようになってから実用的なものばかりを作ってきたのだけれど……。こういうのをずっと作ってみたかったのよ。だから今日をずっと楽しみにしていて、将来有望そうな錬金術師さんにサポートまでお願いしちゃったの。……素敵でしょう？」

「わ、私もそういうの、大好きなんです……！」

　キラキラと輝くローナさんの瞳を見ていると、私まで声が上ずってしまう。

　さっき、工房で冷たい視線にさらされてその後保管庫に閉じ込められたことなんて、すっかり頭から消えてしまった。