第68話 弱肉強食②

 濃い茶色の短い髪に、黒い瞳。アカデミーでお顔を拝見したことがある気がするから、私よりも一歳か二歳年上の方な気がする。


 名前は……確か。


「デイモン・アグニューだよ」

「デ、デイモンさん。私は、フィーネ・アナ、」

「知ってるよ。薬草園から手伝いに来てくれている優秀なアシスタントだよね」


 名乗ろうとしたところを笑顔で止められて、私は目を瞬いた。


 普段、私は工房に顔を出しても目立たない場所や倉庫で作業していることが多い。勤務シフトがさまざまな錬金術師の中で、下っ端の私の名前を知っているなんて。


「わ、私は優秀というわけでは、あの、」

「え? みんな言ってるよ。アカデミーを出ていないのに重用される薬草園つきのメイド、って」

「……!」


 少し棘のある言い方にどきりとする。さっき、ミア様が言っていた『弱肉強食』が頭に思い浮かんで、手が冷たくなっていく。どうしよう。この方は私をあまり良く思っていないのかもしれない……?


 どう立ち回ったらいいのかわからなくて固まっていると、デイモンさんは温度のない笑みを貼り付けて言う。


「このバスケット、重いでしょ? 持ってってあげるよ」

「だ、だ大丈夫です! 私が……自分で……!」


 デイモンさんがバスケットに手をかけたのを、私は固辞した。デイモンさんは少し驚いた表情をした後、元の不思議な笑いを浮かべ直す。


「そうか。自分でやった仕事は自分で報告したいよね」

「は、はい。お気持ちはありがたくいただきます……」

「まだやるの?」


「そ……そろそろ終わりにします。見ての通り、バスケットがいっぱいになりましたので」

「こんな短時間に一人で……本当にすごいね。一緒に出て行ったミアはどうしたの?」

「ど、どこかに行ってしまわれました……」

「ははっ。彼女らしいね」


 声をあげて屈託なく笑うデイモンさんに私は目を瞬く。あれ。さっき感じた違和感は考え過ぎだったのかな……。


「あ、あの。デイモンさんは先に工房へお戻りになってください。私はここを片付けてから戻りますので」

「わかった。手伝うことは何もなさそうだもんね。さすが優秀な薬草園メイド」

「……」


 無言で頭を下げると、デイモンさんは不思議そうに首を傾げる。


「ていうか、この扉ってこんなに立てつけ悪かったっけ? びくともしないんだけど」

「!」


 それは、私が魔法を使って止めているからで。思わぬ指摘に固まった私は、無理に苦手な笑顔を作る。


「こ……こ、ここに来たときも開けるのに苦労しました」

「そうなんだ。知らなかった」


 扉を触って確認して帰っていくデイモンさんを見送った私は、小声で呪文を詠唱する。


 ≪魔法を解け≫


 扉が元通り動くのを確認して、私は倉庫を出た。デイモンさんに感じた不思議な違和感を、どう処理したらいいのか迷いながら。


 ◇


 三日後。薬草園での勤務を終え、アトリエに向かおうとしていた私は白いローブを着た二人に声をかけられた。


「ねえ。あなた、商業ギルドで魔法道具を商品登録したって聞いたけど、本当?」

「しかも、登録はレイナルド殿下がお手伝いされたと聞いているけれど」


 二人は、工房で働く先輩だった。カーラ様とシェリー様。アカデミーの一学年上のご令嬢で、私は工房のお手伝いを始める前からお二人を知っている。王宮で働くだけあって、錬金術では特に優秀な成績を収められていた方々だ。


「えっと……あの、」


 商業ギルドへの登録の話は、想像以上に早く回ってしまったらしい。けれど、どう答えたらいいのかな……。


 レイナルド様との約束で、私はアトリエ以外で錬金術を使わないことにしている。それは、あまり目立ちたくないという私の希望とも合致しているけれど、この前開発した『魔法空気清浄機』の生成者は私だ。きっと、まもなく商業ギルド経由での生産が始まると思う。


 判断しかねているうちに、二人はこちらに詰め寄ってくる。


「一体どんな手を使ったのかしら。薬草園勤めのメイドが、工房に出入りするようになって、その上王太子殿下の権力を使って魔法道具を商品登録するなんて」


「そうよ。私たちだって、アカデミーで好成績だったから王宮の工房勤めになったのに! 普通は、商品化するまでにいろいろな手順を踏むのよ? 鑑定スキル持ちのレイナルド殿下が味方だったら、そんな困難もないわよね。あ~あ、羨ましいわ」


 ど……どうしよう。確かにお二人にしてみれば、私は偶然親しくなったレイナルド様の権力を使って工房勤めになり、お手伝いし、望みを叶えているように見えるのだろう。


 きっとそれは、ずっと努力してきた人にとって許せないズルのようなもののはずで。


「あっ……あの、」


 ドサドサドサドサドサッ。


 困惑していた私の目の前に、茶色い土が降った。

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