第45話 秘密①
◇
スウィントン魔法伯家のアトリエとライブラリーには、魔法に関する本がたくさんある。
けれど、避暑地の湖畔に建つ別邸にはもっと多くの本が並んでいた。
子どもの頃の私は、夏になるとお兄様と一緒にその別邸へ行き、いろいろな呪文を覚えた。もう忘れてしまったものもあるけれど、日常的に使える初歩の魔法や短い呪文などは忘れずにいられた。そして、ごく稀に使うこともあった。
スウィントン魔法伯家の没落とともに、あの別邸はなくなる。本たちも、王宮の図書館に移されることになるらしい。
今では、誰も役立てることができないことになっているあの本たち。
処分されることなく大切に保管されて、いつかまた日の目を見る日が来ますように。
◇
「……」
目を開けた私が見たのは、スウィントン魔法伯家の私の部屋の天井だった。久しぶりの自分のベッドに、ここしばらくのことは現実ではなかったのでは、と思ってしまう。
「子どもの頃の……夢を……見た気がするわ……」
身体が重くて、声が出ない。どうしてだろう。……そうだ、私はレイナルド様と劇場に行っていて……。
あ、火事! と思い出した瞬間に、部屋に入ってきた侍女と目が合った。
「……フィオナお嬢様!? すぐにハロルド様を呼んでまいります!」
程なくして蒼い顔をしたお兄様が飛んできて、いろいろなことを教えてくれた。
あの火事からは丸一日が経過していた。
劇場での火事に巻き込まれた私を助けてくださったのは、やはりレイナルド様だったらしい。三人の護衛を振り切って、クライド様とともにロイヤルボックスに戻ってくれたのだという。
私は無意識のうちにロイヤルボックスに内鍵をかけていたらしく、部屋に入るまでに時間がかかったということだった。
魔法を使っているところを見られなくてほっとしたのはほんの一瞬。鍵のかかった部屋で足止めを食ってしまったお二人に怪我がなくて本当によかった、と反省する。
「フィオナ。魔法を使ったのだな」
「はい。一階客席の扉が開かなくなっているようでしたので、扉を突き破ってから水を降らせました……」
「そうか。多数の怪我人は出たものの、命にかかわった者がいないのはフィオナのおかげだな。いい判断だった」
「お兄様……」
お兄様にぽんと頭を撫でてもらって安堵する。この世界に魔法が残っていることを知っているのは私とお兄様だけ。屋内で雨が降ったり突然扉が突風で飛ばされたりしたけれど、火事の最中、劇場はパニック状態だった。違和感に気がつく人はいない……はず。
はぁとため息をついた私に、お兄様は優しく微笑んだ。
「実は今、レイナルド殿下がフィオナにお見舞いの品を持ってきてくださっている。まだ目覚めないということでお帰りいただこうと思うがいいか」
「!」
レイナルド様がいらっしゃっていることもだけれど、私はある事実に気がつく。私がここで丸一日眠っていたということは……!
「お兄様、『フィーネ』は今どうしているのでしょうか!」
「フィオナが倒れたという知らせを受けてすぐに、コートネイ子爵家経由で休暇願を出してある。アリバイ作りに関しては心配するな」
「ありがとうございます……。薬草園のネイトさんにもご迷惑をかけてしまいました……」
「早く復帰できるように、しっかり休め。レイナルド殿下の訪問は断っておく」
「……」
お兄様の言葉に、私は覚悟を決めた。
「お兄様、王太子殿下相手にそんな失礼なことはできません。すぐに参ります」
侍女に支度を手伝ってもらった私はスウィントン魔法伯家のサロンに向かった。
このお屋敷はお兄様が手放す準備を始めている。廊下に飾られている絵画の類は減り、この前帰ったときよりも質素になっていた。……窓の外に見えるアトリエだけは、いつもと同じ。
「レイナルド様、お待たせして申し訳ございません」
私がサロンの扉を開けると、レイナルド様とクライド様がぎょっとしたように目を見開いた。
「まだ目を覚ましていないと聞いていましたが……本当に大丈夫なのですか」
「はい。レイナルド殿下にはご心配とご迷惑をおかけして本当に申し訳ございませんでした」
「迷惑など、そのようなことは決して。……ご無事で安心しました」
向かい合って座る私とレイナルド様。そして、背後に立つクライド様。いつもの面会と同じ構図だけれど、私はいつもよりも背筋を伸ばして座る。危険を顧みずに私を助けに戻ってくださったレイナルド様に、今日は絶対に伝えなければいけないことがある。
決意を固めた私に、レイナルド様は優しく微笑んだ。
「フィオナ嬢は一階客席のことを心配していましたね。扉がなかなか開かず避難が遅れたそうですが、途中で突風が吹いて扉が開き屋内に雨が降ったようです。そのおかげで重傷者は比較的少ないと」
「それは……よかったです」
レイナルド様はいつも通り穏やかに話してくださるけれど、何の意味もなくこんな話題を振るようなお方ではない。
誰も気づかないと思っていたのに、なんてことだろう。
膝の上で組んだ手の指先が冷たくなって、視線が泳ぐ。どうしよう。あれは魔法だったなんて言われたら、どう言い訳したらいいの。
頭が真っ白になりかけたところで。
「レイナルド、そんなの気にしてたんだ? 俺聞いてないんだけど!? ていうか、一階の客席で使われたのはこれだよ」
緊張感を漂わせた私に聞こえたのは、クライド様の笑いを堪えるような声だった。
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