第41話 レイナルド様とのオペラ鑑賞①
レイナルド様が『フィオナ』とのお出かけに選んでくださったのは劇場でのオペラ鑑賞だった。
歴史を感じさせる荘厳な劇場に足を踏み入れた私は、打ちひしがれていた。
「か、壁の色は合っているのに、どうして……!」
「どうかなさいましたか、フィオナ嬢」
「い……いえ、何でも!」
私の独り言に対するレイナルド様の返答を聞いたクライド様が声を殺して笑っている。お願いだから絶対に何も言わないでほしいです。
「今日のフィオナ嬢はいつもよりさらにお美しい。まるで咲いたばかりの鮮やかなバラの花のようだ」
「あ……ありありがとうございます」
あまりにもストレートな褒め言葉を向けられて、私はつい噛んでしまった。フィオナに戻っている私は、レイナルド様の前ではしっかり振る舞わなくてはいけないのに。
今日のデートの会場が劇場だということは事前に聞いて知っていた。だから、壁の色は深い赤が多いはず。それならば、深紅のドレスを……と思ったのだけれど、根本的に間違っていたらしい。
普段、青白い顔をしている元引きこもりの私は、深紅のドレスを着た途端に自分でもおかしいと思うほど華やかになってしまったのだ。
もちろん、これはダメだと気がついて緑色のドレスに着替えようとした。これなら、背景の赤とドレスの緑で別のものが思い浮かんで私の印象はさらに薄くなるはずだわ、と。
けれど、スウィントン家の侍女がそれを許してくれなかった。最初の面会では『泣かずに出かけてくれればそれでいいです』な姿勢だった侍女も、三度目となると話は別なようで。行き先が劇場ということもあり、ドレスの交換は許されず、髪型も華やかなアップヘアにされてしまった。
同じメイドとして職務に忠実なのは素晴らしいと思うけれど、気合の入りすぎている自分の外見に泣きたくなってしまう。
開場直後の劇場はたくさんの人々で賑わっている。数人の奏者による観客を歓迎する演奏と、煌びやかなクローク。奥ではシャンパンや軽食が配られていて、まるで夜会のようだった。
きょろきょろとして場慣れしていない私に、レイナルド様は申し訳なさそうにする。
「もしかして、フィオナ嬢は観劇はあまりお好きではなかったでしょうか」
「! いいえ。あの、『王立劇場の悲劇』以来、兄が観劇には連れて行ってくれなくなりまして」
「……それは。あなたの兄上らしいですね。フィオナ嬢のことを本当に大切になさっているのでしょう」
レイナルド様の言葉がまんざらでもなかった私は、自然に微笑みが漏れた。
『王立劇場の悲劇』とは十年ほど前に歴史ある劇場で起きた火事のことで。舞台袖から火が出たのをきっかけに客席や劇場全体まで燃え広がり、多数の犠牲者を出したという痛ましい事故として知られている。
当然私たちは現場に居合わせたわけではない。けれど、その話を聞いた心配性のお兄様は、私を観劇に連れていくのは止めたらしかった。
そういう理由から、とにかく馴染みのない世界に足元がふわふわとする。
「フィオナ嬢、こちらへ」
「?」
人の流れに身を任せ、一階席に足を運ぼうとした私はレイナルド様に引き留められた。
「今日の私たちの席はあちらです」
「あちら……?」
首を傾げた私ははっとする。
そうだ。レイナルド様は王族の方だった。劇場に来て普通の客席で鑑賞するはずがない。つまり……私たちがこれから向かうのは、ロイヤルボックスというものでは……?
背中を冷たいものが滑り落ちる。なんとか形式的にレイナルド様の腕を掴んでいる手に、汗が滲んでいく。
無理。絶対に無理。だって、王族の方が劇場にくると、演奏前にロイヤルボックスのカーテンが全開になって会場中の視線がそこに注がれるのだ。
元々、私は引きこもる以前から人からの注目を浴びるのが苦手だった。この華やかな会場に集まっている華やかな方々の前に出るなんて、絶対に無理!
けれど、急に青くなった私が何を心配しているのかをレイナルド様は察してくださったらしい。
「大丈夫です。今日はお忍びということにしてありますから。ロイヤルボックスへは会場の灯りが消えてから入りましょう。ご心配には及びません」
「! あ……ありがとうございます」
『フィオナ』のことを察してくださっていろいろと動いてくださるレイナルド様は本当にスマートで。王立アカデミーで目立たない存在だった私のどこを気に入ってくださったのか不思議だったけれど、よくわかってくださっていることに驚いてしまう。
レイナルド様のエスコートで私は階段を上る。すると、言い争うような声が聞こえてきた。
「どういうことだ。二階の個室が全部埋まっているとは」
「ですから予約の際にもお伝えした通り……。本日は賓客がいらっしゃっていまして、警備上の理由から二階の個室はすべて貸し切りなのです」
「僕以上の賓客?」
ふわふわぽかぽかとしていた気持ちが急激に冷えて、意地の悪い声色に足が竦みそうになる。この声は、まさか。
「次期マースデン侯爵である僕以上の賓客なんて、存在するの?」
「ねえ、エイベル様。もういいですわ。三階の個室が空いているんですから、そちらに行きましょうよ?」
私は肩を震わせながらなんとか顔を上げる。レイナルド様の腕に添えた手も震えていたようで、いつの間にか私の手の上にはレイナルド様の手が重ねられている。まるで、大丈夫です、とでも言うみたいに。
顔を上げた先にいたのは、私に婚約破棄を言い渡したエイベル様とミア様だった。
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