第28話 婚約破棄の秘密と魔石の加工④
それから数日後。
私は休暇を利用して没落間近なスウィントン魔法伯家に戻っていた。
ひさしぶりのアトリエは少し埃っぽい感じがする。
二つの窓を開け放ってから呪文を唱えると、一瞬でアトリエ内の空気が入れ替わり、埃とこもった匂いが消えた。
普段は掃除に魔法を使うことはない。けれど、こんなに長く自分のアトリエを空けたのは初めてで。一から丁寧に拭きあげていたら、きっと日が暮れてしまうと思う。だから今日だけ。
きれいになったアトリエを眺めて気持ちを入れ替えた私は、一画を埋め尽くす本棚にお目当ての魔法の本を見つけて手に取った。
「あったわ。錬金術に応用できる魔法の本」
今日、私がわざわざスウィントン魔法伯家に戻ったのは、浄化装置用に魔石を加工するためなのだ。
魔石とは、素材を用いて錬金術師が生成する石のこと。できあがった魔石に、さらに魔力による加工を加えて働きを持たせたり、魔法道具の動力源にしたりする。
レイナルド様から預かった濃いアメジストの魔石をひとつ手のひらに置き、魔法の本に書いてある呪文を使って核を作っていく。
この魔法の本は、古くから伝わるもの。魔法が消えてしまった現在は、王宮の図書館の特別な部屋でしかお目にかかれない貴重な本だ。
なぜ我が家にあるかというと、永年魔法伯の地位を受けた名門だから。もっとも、そろそろ没落するけれど。
そういえば、この本はレイナルド様のアトリエにも数冊あった。そんなことを考えながら、加工をしていく。
この魔石の真ん中にある濁りが核。それがこれまでのものよりも少し大きくなったのを確認して、今度は魔力を注ぐ。
手のひらの上でころんと転がるほどの大きさの石。持っているだけでぽかぽかして温かいけれど、魔力が奪われていく。でももっと注がなければ。前のものよりも効果を上げたい。
「……きつい……」
魔力は余っているのに体力が足りなくて、私は汗びっしょりになってしまった。
カンカンカン。
ぺしゃん、と作業台に突っ伏したところで、アトリエの扉が叩かれる。このリズムはお兄様のものだった。
「開いています、どうぞ」
「ん? 魔力の気配が強いな。特別な加工をしたのか?」
「はい、お兄様。錬金術に魔法を組み合わせました」
なんとか身体を起こして手元の魔石を掲げると、お兄様は頬を緩ませる。
「ほう……これは見事だ」
「ありがとうございます。まだほかにも加工をしなくてはいけなくて」
とはいうものの、私は作業台前の椅子に座ったままだった。
魔石を一つ加工するのに、かなり体力を使ってしまった。魔力はまだまだあるのに、スタミナがない。情けなくてため息が出る。
けれど、引きこもっている頃だったら同じ加工をしただけで倒れていたと思う。毎日の薬草園での草むしりは、精神的にだけではなく健康にもいいらしい。
「作業中にすまないが……今、少し時間をもらえるか」
「……? もちろんです。お兄様」
いつになく真剣な顔をしたお兄様に私は首を傾げた。
そういえばお兄様とこうしてお話をするのは、あのレイナルド様に勘違いされた街での散歩以来。私もお兄様とレイナルド様の関係を聞きたい、そう思ったところでいきなり本題が降ってきた。
「私は……フィオナに隠し事をしていた」
「隠し事……、一体何をでしょうか」
私は目を瞬いてお兄様を見上げる。
「実は、あの王立アカデミーでの婚約破棄の後、何度かレイナルド殿下から手紙を受け取っていたのだ」
「それは知っています。アカデミーの生徒会長として、私を気遣うものだったのですよね。だから、私はレイナルド殿下にお返事を書いて刺繍入りのハンカチを送りました」
「いや、実際はフィオナだけでなくスウィントン魔法伯家宛ての書簡も受け取っていた。――フィオナに会いたいと」
「レイナルド様……いえ、殿下、が私に」
そのことは、レイナルド様とクライド様の会話から何となく気がついていた。けれど、あまりにも実感がなくて現実離れしたもので。
だって、あのレイナルド殿下。生徒会長を務めていて、皆の尊敬を集めるレイナルド殿下が目立たない地味な私に興味を持つなんて信じられなかった。
もちろん、『フィーネ』と一緒にいるときのレイナルド様は少しイメージが違うけれど……。
お二人の会話が急に現実感をもってよみがえって、私は目を泳がせる。
「私は、フィオナにアカデミーでの同級生を近づけるのは酷だと判断してすべてを突っぱねてきた。王宮勤めの職を手配したのも、王宮ならある程度守られた場所で平穏に暮らせると思ったからだ。広い王宮の端にある薬草園つきメイドなら、下手にどこかの家で働くよりも安全だと」
「それは本当にその通りで……感謝しています、お兄様」
それから、お兄様は一年前の婚約破棄についていろいろなことを教えてくれた。
私との婚約を破棄したエイベル様はマースデン侯爵の怒りに触れ、王都から離れて領地で暮らしていること。彼との婚約を望んでいたはずのミア様はなぜか彼についていかず錬金術師見習いとして王宮にいること。
私の友人だったジュリア様とドロシー様は魅了の効果を持つハーブに操られていた可能性が高いこと。
一通り話した後で、お兄様はきっぱりと言った。
「フィオナが外に出られるようになったら、頃合いを見て話そうと思っていた。あの日、フィオナを助けたのはレイナルド殿下だ」
「え……と。気絶する直前まで、記憶にはあります。婚約破棄を言い渡されてどうしたらいいかわからない私に、声をかけてくださって」
「いやそれだけではない。倒れたフィオナを抱きとめてそのまま医務室へ運んだのはレイナルド殿下だ」
「……え……?」
信じられない情報に、私はぽかんと口を開ける。まさか。だってそんな。
「アカデミーだって馬鹿じゃない。一国の王太子にそんなことをさせるわけがないだろう? しかし、その制止を振り切って運んだと」
「な、ななななんてこと……だから、私はレイナルド殿下にお礼状を……」
あの日、アカデミーのカフェテリアにはたくさんの人がいた。私が気絶するぐらいに無数の目があった。その光景を想像しただけで、卒倒しそうだ。
「このことを告げたらフィオナはまたショックを受けると思い隠してきたが、平気そうだな」
「はい、あの……」
「それでこれまでの話を前提に、フィオナにいい知らせがある」
「な……何でしょうか、お兄様」
前にもこんなことがあった。いやな予感がする。
「レイナルド・クリス・ファルネーゼ殿下より面会の打診が来ている。もちろん、これは『フィーネ』ではなく『フィオナ』宛てだ」
……はい?
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