第3話 アカデミーでの記憶②

「ミアです! よろしくお願いします!」

「貴族はね、こういうときはフルネームを名乗るものよ。もう一度」


 その後、クラスにやってきた噂の転入生の挨拶に先生が剣呑な視線を向けている。


 そんな言い方をしなくても……と思ったけれど、私には助け船を出せるような勇気も立場もない。


 ミア様の挨拶に、クラスには冷ややかで嫌な空気が流れていた。


(今の挨拶、お聞きになった? ファーストネームだけポンと名乗ったわよ)

(聞いたわ。しかもあの言葉遣い)

(ご覧になって、あのスカートの丈。膝上が見えていてはしたないわ)

(アドラム男爵家の令嬢らしいが、元は平民だって話だ)


 こそこそとミア様を評する声が聞こえてきて、なぜか私のほうがお腹が痛くなりそうだった。


 内気で気弱を自認している私は、ミア様の気持ちが痛いほどわかる。きっと、緊張していてきちんと挨拶ができないのだろう。


 私だって、幼い頃から家庭教師の先生にマナーを叩きこまれた。それなのに、人前に出ると大体失敗してしまう。


 わかります、ミア様。……も、もしかしたら、仲良くなれるかもしれない……!


 

 ミア様に好感を抱いた私は、その日のランチタイム、早速友人に相談した。


「ジュリア様、ドロシー様。わ、私……ミア様に声をおかけしたいのですが……」

「まぁ! フィオナ様がそんなことを仰るなんて!」

「応援しますわ、フィオナ様! 私たちにできることでしたら、何でも力になりますわ!」


 気持ちをこっそり打ち明けると、二人はとても喜んでくれた。


 それから、私はミア様に声をかける練習をした。けれど、内気な性格のせいでなかなか声がかけられなくて。


 でもついに三か月後、ミア様に自己紹介をして「お友達になっていただけますか」と伝えたら、彼女は目を潤ませて喜んでくれた。ジュリア様とドロシー様も泣いてくださった。


 そうして、ジュリア様・ドロシー様との三人組だった私たちにはミア様が加わり、ミア様がほかの令嬢方から孤立することはなくなったのだった。




「フィオナ様ぁー! ……あれ、エイベル様はご一緒ではないのですかぁ?」

「ええ。昨日、一緒にランチをとったのは新しい友人のミア様をご紹介したかったからで……」

「そ、そうなのですねっ」


 数日もするとミア様は私たちにすっかりなじんだ。自己紹介のときに、先生に叱責を受けたのがうそみたい。


 エイベル様というのはマースデン侯爵家の嫡男で、私の婚約者。言葉が足りない私にもきちんと接してくださる、私にはもったいないぐらいのお方だ。


「今度、ささやかですが我が家でお茶会を……するのです。もしよろしければ、ミア様も」

「えっ。うれしいですわ! ありがとうございます、フィオナ様!」

「エイベル様もですが、ジュリア様やドロシー様もいらっしゃいます」

「えー! 楽しみですわ!」


 最近、ミア様は私と話しながらエイベル様のことを気にするようになった。けれど、ミア様には下にご兄弟がいると聞いたことがあった私は気に留めることはなかった。


 よく男子生徒と話しているのも、きっとご兄弟と話すような感覚で楽しいのだろう、と。




 ところで、この世界から魔法は消えてしまったけれど、代わりに魔力を使った『錬金術』が発達した。


 ミア様は特に魔力量が多く錬金術にとても優れていた。


 あまりお勉強は得意ではないようで、レシピや質の良い材料を選ぶのは私だったけれど、その通りにミア様が生成すれば素晴らしいポーションができた。


 だから、きっかけさえあれば、ミア様の周囲にたくさんの人が集まるのは当然のことで。数か月もすれば、ミア様は私たちの輪の中心だった。


「ミア嬢の錬金術クラスのテスト。実技がすごい成績だったと聞いたよ」

「まぁ、エイベル様! ありがとうございます!」


 楽しそうに会話をするエイベル様とミア様の後ろを、私は歩く。そのうちに、エイベル様がちらりと振り返った。


「フィオナももう少し頑張るべきだ。婚約者がそれでは、僕は恥ずかしいよ」

「も……申し訳ございません……」


 魔法が使えることを秘密にしている私は、学校ではまともに錬金術を扱わない。


 理由のひとつは、反応が大きくなりすぎて学生とは思えない高品質なものができてしまうから。宮廷錬金術師として誘いが来るぐらいならまだいいけれど、魔法を使えることがばれるのは困るのだ。


 私たちのやりとりに、ミア様が頬をぷうと膨らませる。


「もう、エイベル様はフィオナ様にもっと優しくしてあげてください!」

「十分優しいだろう。それとも、ミア嬢にするみたいにもっと優しくと?」

「やだぁ、エイベル様ってば。ねえ、フィオナ様?」


「え……ええ」


 慌てて作り笑いを浮かべると、私の隣を歩いているジュリア様が小声で仰った。


「フィオナ様。本当にこれでよろしいのですか」

「?」

「エイベル様はフィオナ様の婚約者でいらっしゃるのに、これはあんまりでは」

「……私の話はつまらないですから。それに、ミア様はお友達です。エイベル様も私の友人だからこそ優しくされているのだと……思います……」


 そう答えはしたものの、少しの違和感はあった。けれど、どうしたらいいのかわからないほどに、私とエイベル様の婚約者としての関係は形式的なものだった。

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