16、建国記念パーティー

建国記念の祝賀行事は滞りなく終わり、あとは夜に開催するパーティーのみとなった。


公爵家として1日、王城の客室の1室が我が家族の控室として用意されている。

去年は社交界デビューだったので、夜のパーティのみ参加していたのだけど、父もグリムの国政の重鎮を務めている為に、今年は昼間の祝賀行事から家族総出で参加していた。


父や母は、今年はあまり表立って準備を手伝ってはいないようだったけど、グリムはてんてこ舞いといった様子で右往左往していた。


そんな中、私はわりと暇な時間を過ごしていた。

パーティー用のドレス(ゼルからのプレゼント)へ着替え作業も終わり、のんびりお茶を飲みながら、今日エスコートしてくれるはずの双子の兄を待ってる。


ゼルとグリムは忙しく、顔は合わせど会話する時間などはなかった。


だけどゼルとは目があった瞬間、蕩けるような笑顔を向けてくれたけど。


その度に、周りの王宮に勤める人達がざわつく。

あの猛獣が、あんな笑顔見せるなんて――。

人々が驚いたような声が飛び交っていた。


私はちょっと照れくさくて、軽く微笑み返しただけ。

それでも優しい笑顔を、ゼルは向けてくれた。


なんだか幸せだわ――。

好きな人と想いが通じ合っているのって、こんなにも幸せで、ポカポカするものなのね――。


主催者として滞りなく行事が進めているようだけど、一人だけ置いてきぼりを食らったような気がしてる。

何か手伝えることがないか、聞けばよかったな……。


父と母は私を一人部屋に残し、先に会場へ行ってしまった為、私付きの侍女と2人きりだった。


「グリム、遅いわね……」

「様子見てまいりましょうか?」

「そうね、お願いしていいかしら」


侍女の提案に私は頷き、様子を見に行ってもらった。


私は溜息をつき、ソファに身を沈める。

んー、今日はちょっと頭痛がするな……。


時折こういったことがあるから、特段気にしていなかったけど。

父や母に言えば、即家に帰されていただろう。


だけど今日は、ゼルとの婚約を発表する日。


私もゼルの婚約者だって、言いたいのよね……。


1年も待ってもらって、想いが通じて。

アンネ様やリウネ様にもの早く幸せになって欲しい。

わがままだなとは思っているけど。

完全に私の自己満足だとも思ってる。


コンコン。

扉をノックする音。


「グリム、遅いじゃないの」

そう扉に呼びかける。


ガチャと開き、中にはいってきた人物に驚いた。


「――フェリお兄様」

「ごめん、ちょっとグリム達から様子を見てきてって頼まれてね」


扉を開けたままにし、入口から入って来ようという気配はない。


気を使ってもらっているのだ。

未婚の女性の部屋で2人きりにならないように。


そんな気遣いに、私は素直に言葉を紡ぐ。

「ありがとうございます……」


「やめてよ、こんな気まずい雰囲気。もう僕は幼馴染のフェリ以外の何者でもないのだから」

ちょっと傷ついたような笑みを浮かべて、明るい声で言う。


優しい、この人は。

そして大人だと思う、自分より。


私は努めて明るい、笑顔を向けた。

「ごめんなさい、フェリお兄様」


あの日言えなかった言葉。

言いたかったけど、言えなかった言葉。


「――うん、もう2度と、この話はなしね」

「はい」

「じゃあ、僕はグリム達のところへ――」


「何をしていらっしゃるの!」

廊下に響く、聞き覚えのある甲高い声。


その後、カツカツと早急に近づくヒール音。

半開きだった扉が全開になると、そこにリウネ様が頬を紅潮させて仁王立ちする。


フェリお兄様から、ちっという舌打ちが聞こえたけど、気にした様子はない。


「……リウネ様」

「エステリーゼ様、これはどういうこと?未婚の女性が1人いる部屋に、太公様を招き入れようとしているって!」


フェリお兄様は、部屋の中には入ってきていない。

扉を開けたまま、入口に立っている。


私は部屋の真ん中にソファに座っており、明らかに距離が離れている。

しかも、フェリお兄様は部屋から辞そうと踵を返すところだった。


何としても、私をゼルの婚約者から外そうとしている思惑が透けて見える。

だとしても、この状況で『招き入れる』ように見えるなんて、悪意の塊としか思えない。


「リウネ嬢、僕は部屋には1歩も入ってないし、もうグリム達の所へ戻るつもりだったんだよ」

フェリお兄様は対外的なキラキラした笑顔を向け、リウネ様を落ち着かせようとしている。


大体の女性は、あの笑顔にやられる。

良い意味で。


だけど今回は逆効果だったようだ。

体が震えていた。

恐らく怒りで。


「――そうやって、いつもエステリーゼ様を庇われるおつもりなのですね」


そう言って私を睨みつけるリウネ様の目には、嫉妬、憤怒の色が見える。


「君は何を言って――」

「わたくし、聞きましたわ。ゼルファ様が水の精霊王様と契約した経緯を。エステリーゼ様を助ける為だった、と」


「えっ」

私?

助ける?

何の話?


そう言えばこれだけ幼い頃からゼルの近くにいて、彼が水の精霊王様と契約した件を知らない。

覚えていない。

覚えていない?


頭が割れるように痛い。


「ゼルファ様のお身体を傷つけておいて、よくお側に入れますわね!」


ゼルを傷つけた?

何のこと?


「水の精霊王様と契約して、左目が翡翠色から蒼青色に変わられて、王宮でたいそう気味悪がられたを聞いていますわ」


ゼルが王宮で疎まれた?

そんな話、知らない。


ひどい頭痛がする。

座っていられない。

目の前がチカチカする。

体に力が入らない。


「エステ!?」

フェリお兄様が私の異変に気づいたからか、駆け寄ってくる。


「……フェリお兄様」

震える声で名を呼ぶ。


「早く、医者を!それとゼルファ達を急いで呼んで!」

側にいた従者達に指示を飛ばすフェリお兄様の声に、緊張がはらんでいる。


意識が保っていられない――。

そのまま手放した……。











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る