12、友情と愛情に時間の隔たりはないのかもしれない
アンネ様から手を引かれたまま、茶会の会場から少し離れた東屋のベンチに2人で腰かけた。
「まったくあれば、第一側妃として王宮にいるなんて――この国が心配になるわ」
あけすけない言い方に、私は思わず笑いそうになる。
アンネ様は昔から、こういう人だ。
実直な方で、貴族女子らしくない。
いわゆる体育会系。
伯爵家の次代当主である、彼女のお兄様も近衞騎士隊に所属するほど、剣の腕も体格も良い家系だった。
年が近い兄妹だからか、お兄様の影響受けまくっているのがアンネ様だ。
ゼルの婚約者候補にならなければ、きっともっと友情を育てられていたと思う。
「――遠目で少し泣きそうに見えたのだけど、違ったかしら」
アンネ様は私に顔を近づけて、そう言う。
「……うん、少しね」
この人には、自分を繕わなくても良い――。
都合が良いかもしれないけど、アンネ様はずっと親友だと思っている。
「私としては、エステ様でもリウネ様でもいいんだけどねぇ――早くこの立場を捨てたいだけだからさ」
自分は選ばれる気はないのか――。
ご両親である伯爵様は必死だろうにとは思うけど、アンネ様にその考えはなさそうだ。
「ふふふ、相変わらずで安心しました」
「……エステ様、久しぶりね」
「手紙はやり取りしていたでしょ?」
「あら、実際に会うのとは違ってるわよ――それに、とっととくっついたら良いのにと思ってるわよ」
「――それに関しては、ご迷惑をおかけしています」
神妙に頭を下げると、2人で笑いあった。
離れていても、頻繁に交流していなくても。
友情ってあるのかもしれない。
「どう見ても相思相愛なのに、何をもたもたしてるのかと思ってるわよ――まあ、いろんな事情があるみたいだけど」
そう言ってアンネ様は遠くを見る。
事情というか、変な拘りなのかもしれない。
私が我儘なのかも。
彼は産まれてからずっと、王子なのだ。
次代の為政者。
だから、国を選ばなければならなくなったとき、迷わず選んで欲しい。
個人の感情ではなく、王として動いて欲しい。
動かなくてはいけない人だ。
だけど素直に気持ちを言ってくれようとしたことに、歓喜していた自分もいる。
だから許せなかったのかもしれない。
自分たちの幸せに、他人の不幸があってはならないと思ってしまう。
皆が苦しまない世の中を作りたいのだ、私は。
理想だとおもう。
綺麗事だと思う。
だけど目指さなきゃ、始まらない。
「――そもそも真面目すぎるのよ、エステ様は。何でも出来ちゃうから、欲張りになるのかしらね」
「……そんなつもりはないわ」
「いいえ、そうなのよ。こうあるべきっていう目標があるのは良いと思うけど。自分が幸せじゃなきゃ、他人を幸せに出来ないわよ」
「……」
何も言い返せない。
ずっとアンネ様は、私にそう言いたかったのだろう。
「それもしてもフェリメル様か。エステ様の憧れの人だったわよね」
アンネ様の言葉に、こくんと頷く。
優しいフェリ兄様。
意地悪ばっかりしてくるゼルと違って、スマートで大人で。
だけど違う。
ゼルを想う時の想いとは。
胸を焦すような、熱い想いじゃない。
リウネ様に嫉妬してしまうような、そんな気持ちじゃないって、今では分かる。
「あ――、もう答えは出てるのね」
「えっ」
「エステ様って以外と顔に出るのよね」
「そ、それはアンネ様の側だから……」
「同じように、ゼルファ様の側でもすれば良いわ――ねえ、ゼルファ様」
アンネ様の視線の先には、物陰に隠れているゼルが見えた。
いつからそこにいたんだろう。
「……ゼル」
「まったく、いつまで隠れてるつもりなのかしら」
アンネ様は立ち上がると、ゼルに耳打ちをする。
ゼルは一瞬目を見開いたけど、すぐに元の表情に戻った。
何を言ったの?
「窮屈な茶会でストレス溜まったから、お兄様のところで体を動かしてくるわ――じゃあ、またね」
それだけ言うと、アンネ様はドレスとヒールとは思えない速さで駆けて行った。
ゼルは無言のまま、先程までアンネ様が腰掛けていたところに座る。
「――フェリ兄のこと、聞いたのだね」
「……うん」
ゼルも知っていたのね……。
「私、わがままだよね」
「んあ?」
「周りの人、振り回してる」
「それなら俺も同じだ。エステ以外の妃はいらないって言ってるんだから」
その言葉に、私はゼルを見つめる。
耳まで赤くなってる。
「それなのに何もしてこなかったのは、俺だ。エステが不安になって当然だ」
「ゼル……」
私はゼルに抱きしめられた。
優しく、全てを包み込むように。
ゼルの体温、匂い。
すごくドキドキするけど、安心する。
「俺の妃になってくれ。エステがいるから――俺の全ての原動力はエステ自身だ」
「……私も、ゼルの側にいたい」
私の言葉に、ゼルは少し顔を離し真っ赤になってる。
「それって……」
「受けるわ。貴方の婚約の話」
「え、嘘じゃないよな」
「冗談でする話じゃないでしょ」
ゼルの色違いの双眸に涙が溜まっていく。
ちょっと!?
泣くほど嬉しいの?!
悔しいけど、そんな姿も綺麗で、愛おしく見えてしまう。
「エステええええ!!」
そんな絶叫と共に、再び抱きしめられる。
「――ほんと、ごめん。でも大好き」
「……俺も。ずっとずっと好きだった。愛してるだ」
そう言うと、どちらからともなく唇を合わせる。
触れるだけの優しいキス――。
ゼルの涙がおさまるまで、2人で笑いながらひとしきり抱き合った――。
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