8、デビューの日
その日の夕刻ゼルは忙しい合間を縫って、公爵家のタウスンハウスに自ら迎えにきた。
王族は今日、とても忙しい日だろうに。
そのままパーティ会場に、私をエスコートし入場する。
ちらっとゼルの衣装に目をやる。
白磁の上質そうなシルクに、所々に金の刺繍がされていた。
琥珀色の私の瞳の色を彷彿させる色合いだ。
私はあくまでも婚約者候補の1人で、あと2人伯爵家の娘たちの名前も上がっている。
1人はそこで鼻息を荒くしている、伯爵令嬢リウネ=フランクリン。
色こそ違えど、青色のドレスとシルバーのアクセサリーを身につけている。
私を睨む目も、いつもと同じ。
もう1人はアンネ=ランディル伯爵令嬢。
こちらといえば、深紅のドレス。
私を睨んではいるけど、リウネ嬢とは別の感情。
元々うちの家と近所で、立場が違えど数少ない本音で付き合える令嬢。
昔からグリムのことが好きなのはわかってる。
だから、私に早く候補ではなく正式な婚約者になって欲しいらしい。
2人とも、婚約者候補に名前が上がってしまってからは、疎遠になっている。
私はアンネとは付き合っていたかったけど、彼の父親がそれを許さないだけだ。
それに深紅のドレス。
ゼルの色ではないけど、褐色の肌のアンネにはよく似合ってると思う。
だけどそれは――ちょっとやりすぎな感じがするけど。
アンネの隣りで、ご両親が大変そうだ。
彼女たちを横目で見ながら進む先には、国王がいる。
ゼルは私の手を掴んだまま、国王の前で頭を下げる。
私も習ってカーテーシをした。
「ゆっくりパーティーを楽しむが良い」
心地よい声の国王は、ゼルと私を目を細めて見つめている。
「はい。国王様」
ゼルはもう一度頭を下げると、私を連れて歩き出した。
ゼルに続いて、多くの貴族たちが爵位順に挨拶をしてゆくのだ。
「……ゼル、いいの?貴方は残って、国王と……」
「いい。今はエステといたい」
そのままぎゅっと手を握られる。
嬉しいような恥ずかしいような、でも後ろめたいような、そんな気分だ。
「いや、良くないでしょう。王族としての勤めが――」
そのまま言葉を発する私を連れて、王族専用の控室に入った。
扉が閉まる音がし、部屋には2人きりだ。
「ちょ、ちょっと!何考えてるのよ!」
「エステ、俺はずっと――」
反射的にゼルの口を、私は押さえた。
聞きたくない。
どんだけ思っていても、詭弁かもしれないけど、国を混乱に導くようなことはしたくない。
こう考えるようになったのは、つい先日国王と父との会話を聞いてしまったから。
『1つ公爵家から、国のNO2ともなる2人を出したくありません。国が貴族のバランスが崩れてしまう』
父の悲痛な声。
この言葉を聞いてからは、決して私の気持ちを気づかれてはならないと思ってたし、ゼルの気持ちも聞きたくない。
聞いていまったら、後戻りは出来ない。
彼の口元を押さえていた手が、ゼルによって引き剥がされる。
そして、そのまま手首を掴まれた。
かなり力強く。
「お、おい!エステ!」
「――ゼルは、この国があやうい状態になるとは思わないの?」
「何言って――」
「答えて!」
私は思わず叫んでいた。
しかも半泣きになりながら。
最悪だ。
こんな顔をゼルに見せるなんて。
「いや、まず、エステの気持ちを――」
「私の気持ちなんて、どうでも良いじゃない!」
「いや、ちょっと言ってる意味が――」
「貴方はこのいずれこの国のトップになるのよ!統治者として、ベストな選択をするべきじゃないの!」
ゼルは深い溜息をついて、私を抱き寄せる。
彼の温もり――。
「俺は自分の立場がどうであれ、エステのことを大事に思ってる。君の為なら、地位なんて――」
バシっ。
乾いた音が部屋に響く。
私は荒れ狂う感情のまま、ゼルの頬を引っ叩いていた。
ゼルは大きく目を見開いたまま、私も見つめてる。
腕から力が抜け、容易に抜け出せた。
「――帰るわ」
私は駆け足で部屋を飛び出すと、家族が乗ってきたであろう馬車に飛び乗る。
「エステ?」
どうやら母は、屋敷に帰ろうとすでに馬車に乗っていたようだ。
私の様子に優しく肩を抱いてくれる。
「早く、馬車を出して頂戴」
「お、お母様・・・」
両方の目から大粒の涙が溢れる。
そのまま大声で泣いてしまった。
もう後戻りは出来ないの。
これで良いのよ、これで。
わざわざ私とのことで、難しい立場になる必要なんてない。
頭はで分かってる。
だけど、この心は、気持ちは、何?
苦しくて、はち切れそうで。
ゼルとのやりとりを全て、母に話た。
その結果、1度屋敷に帰り、そのまま少ない手荷物を持って領地へ向かった。
「あなた方は少し、距離が近すぎたのよ」
母は優しく微笑むと、私の肩を抱く。
「全ては時間が解決してくれるわ」
本当にそうだろうか。
時が経てば、この気持ちは楽になるのだろうか。
とはいえ、あのまま王都にいれば、ゼルは屋敷へやってくるだろう。
すぐ王都からは出れないゼルから逃れるには、領地へ行くというのが最善の選択と思えた。
こんな時でも冷静な母を見習わなければ。
母の温もりに安心したのか、私はいつの間にか眠ってしまった。
それから3日3晩、馬を乗り換え、領地へ到着したのだった。
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