第3話:ディスプレイ

「個室がない分、ダイニングと寝室に好きなものをディスプレイしようよ!」


 とある日曜日の早朝、勢いよく言い出したのはひーちゃんでした。

 ゆなちゃんは寝ぼけ眼でふにゃふにゃと頷きましたが、最初ははっきりと認識していませんでした。


 ゆなちゃんとひーちゃんが住むキワヒト・ハイツ305号室には、ベッドルームとダイニング・キッチンだけで、お互いの個室がありません。

 ひーちゃんもゆなちゃんも、生まれてから実家を出るまで、ずっと自分の部屋、独立した個室がありました。

 一緒に暮らし始めて一ヶ月。

 やはりお互いに個室という空間、プライベート・スペースがない、というのが少なからずストレスになっている、とは話し合っていました。


「僕はダイニングの窓際に好きなもの置くからさぁ、ゆなちゃんはこの部屋を好きに使ってよ! 好きなコスメとか洋服とか、いっぱい持ってきてるでしょ?」


 そもそもこの寝室の半分は既にひーちゃんの好きなもの(文庫本千冊)で埋まっているのですが、その本棚の上や、ベッドヘッド、ひーちゃんが誕生日プレゼントとして買ってくれた鏡台などは、確かにゆなちゃんも好きなようにデコレートできそうです。


「いいね! 今日はそれやってみよう!! またサプライズにしようよ! ひーちゃんはこっちの部屋入んないで、私はトイレとか行く時は窓際見ないから! 制限時間は二時間くらい?」

「そうしよう!!」


 自分のことを考えてくれているんだな、と思うとゆなちゃんは嬉しくなり、張りきった声でそう応えました。

 そうして、二人のデコレーション・タイムが始まったのです。



 ゆなちゃんは私物のディスプレイに、まるで人形ごっこをする幼女のように夢中になりました。さっきひーちゃんが言っていたように、ゆなちゃんはコスメや洋服が大好きです。

 鏡台の上に、メインで使っている基礎化粧品の化粧水、朝と夜の乳液、美容液、引き出しにヘアアイロンとパック類、反対側の引き出しにはネイルグッズ、メインのファンデーションやパウダーはどこにしようかな……とウキウキとし、見た目と実用性を兼ね備えた配置を探りました。

 

 鏡台のディスプレイを終えると、次はベッドヘッドにひーちゃんとのツーショット写真や、趣味である小旅行先で撮影した写真を飾ってみました。フォトフレームも、ゆなちゃんはかわいいものをたくさん持っているのです。

 

——ツーショはこの一番目立つやつがいいよね! この滝の写真は縦長のに入れて……


 しばらくして写真のディスプレイを終えると、今度は大量のお洋服の番です。

 寝室には広いクローゼットがありますが、まだ真夏の服しか出しておらず、いくら残暑とはいえそろそろ秋物を用意してもいい頃合いでした。

 実家から送ってもらった服を、ゆなちゃんはこれまたこだわってクローゼットに並べていきました。


 最後のストールを慎重にハンガーに掛けていると、ちょうどスマートフォンのアラームが鳴りました。

 デコレーション・タイムの終了です。


「ゆなちゃーん! できたぁ?」


 ダイニングからひーちゃんの声がしました。


「できたよ!!」

「見に行っていい?」

「どうぞー!」


 そう応えると、ひーちゃんがにこにこして寝室にやってきました。


「わー、流石ゆなちゃん! ベッドの写真、すっごくおしゃれだねぇ! 化粧品も綺麗に並べて、お姫様みたい! クローゼットも服増やした?」

「うん、秋物を出してみたの! あ、もちろんひーちゃんのスペースは取ってあるからね!」

「ありがとう!」

「私もひーちゃんのディスプレイ見に行っていい?」

「もちろん!」



 いそいそとダイニングに足を踏み入れて窓際の棚を見たゆなちゃんは、硬直しました。

 

「凄いでしょ〜? 僕らしさ満載で、我ながら良い出来だと思うんだけど!」


 胸を張るひーちゃんの言葉は、ゆなちゃんの耳には届いていませんでした。


——これは……混沌カオス!!


 まず、窓際なので飾られているものが逆光に見えている時点ですでにやや恐いです。

 そして一番上の棚に並んでいるものを左から列挙していくと、


①キャプテン・アメリカのフィギュア:ひーちゃんの好きなマーベル・ヒーローです

②マイメロのぬいぐるみ:ひーちゃんはかわいいものが好きです

③顔を白塗りにして目の周りを真っ黒に縫った男性がマイクを掴んで叫ぶ写真:ひーちゃんはブラックメタルも好きなようです

④去年の誕生日にゆなちゃんがプレゼントした手作りのマフラー:ひーちゃんは真夏でも飾ってくれるやさしさの持ち主です

⑤アンディ・ウォーホルのポストカード:ひーちゃんはポップアートにも造詣が深いみたいです


……私の作ったマフラーが、血塗れの恐いおじさんと、電気椅子の葉書の間に……


 二段目は容赦なくこんな感じです。


①すみっコぐらしのハンドタオル:やっぱりひーちゃんはかわいいものが好きです

②「進撃の巨人」のリヴァイ兵長(読書中)のフィギュア:ひーちゃんはアニメも好きです

③ゆなちゃんとのツーショット写真(フレーム無し):一番大切なものを真ん中に置いてくれています

④ジャニーズグループ「なにわ男子」のテーブルカレンダー:推しは道枝駿佑くんだそうです

⑤サミュエル・ベケット「モロイ」(箱付き):ベケットの小説作品は希少です


……私って、アニメキャラとジャニーズと同レベル、なの……?


 最後の三段目は比較的大きいものが飾ってありました。


①エヴァンゲリオン初号機のガンプラ:ひーちゃんは手先が器用です

②「夏目友人帳」のニャンコ先生の巨大ぬいぐるみ:ひーちゃんのスマホの待ち受けもそうです

③学生時代に行った時の釣り上げたものの魚拓:ひーちゃんは釣りも上手なようです

④映画「チャイルド・プレイ」のチャッキーのフィギュア:ひーちゃんはホラーやグロいものも好きです

⑤ひーちゃんのお母さんが持たせてくれた糠床ぬかどこ:ひーちゃんは家族を大切にします


……ツッコミが、追い、つか、ない……!!


 ただひとこと、ゆなちゃんが発せたのは、


「ぬ、糠床は暗所に置いた方がいいと、思うよ……」


 だけでした。




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