誰も知らない話

 もう誰も私の前で手を止めることもない、そんな場所に私は置かれていた。

 辺りは埃が少しずつ、少しずつ積もっていく。

 日に透ければまるで細かな雪のようにも見えるそれが、嫌いという訳じゃない。

 だけどここはなんだか、どこにも行けない空気だけが満ちていて。


 生まれつき欠けていた私には、色々な物が入れられた。

 丸めた紙だったり、何か棒状のものだったり、誰かが作った飾り物だったりもした。

 欠けてしまった私に、人は何かの役割を必死に与えようとしてくれたみたいだった。


 だけど、私の胸に空いた穴はいつだって埋まらない。

 そんなものじゃ埋まらないよと、心の中で叫んでいた。


 私のわがままな声が聞こえてしまったんだろうか。

 ある日そんな役割すらもらえなくなって、私はたくさんの物が詰まった部屋に置かれた。

 そのまま何年くらい経ったんだろう。

 ただずっと、差し込んでは消えていく陽の光を数え続けた。それ以外に何も出来ることは無かった。


 もう、何も望んだって仕方ないんだ、と私に思い知らせるためだったんだろうか。

 俯くことすら億劫で、ただ緩やかに降り積もる埃を、ずっと眺めていた。


 そんなある日だった。

 突然部屋に入って来た誰かが、私を両手で抱えて外へと連れ出した。

 驚いて目を回しそうになっている私を、その人は窓辺の小さな机の上に置いた。


 そして、ぽんと一輪、私の中に花を挿した。


 いきなりの事で、しかも生まれて初めての事で、私はどうしていいか分からなかった。

 続いて近くの水差しから水を注がれ、私の中は花の茎と、ひやりと心地良い水で満たされた。

 私は黙って、私に花を活けたその人を見上げた。

 するとその人は、まるで私の視線に気づいたかのように、ふっと微笑んだ。


「綺麗だ」


 私は震えた。ああ、ずっと待っていた瞬間だったのだ。

 待って待って、待ち続けて、体なんてとうにヒビだらけで限界だったのに、この時のためだけに待っていたのだ。


 私は花器として生まれた。

 生まれた時から欠けていたから、誰も花器としては扱ってくれなかったけれど、それでも私は花器でありたかった。

 一瞬で良かった。水を入れて、花を挿して、綺麗だと言われたかった。それだけで良かった。

 その願いがやっと叶ったんだ。満足だ。私は花器だ。花器になれたのだ。


 その瞬間、私の体はぱん、と音を立てて砕けた。


 ありがとう、と言ったつもりだけど、届いただろうか。

 いいえきっと、言わなくたって分かってくれる人だろう。

 私の上に降り注ぐ最後の陽の光が、初めてとても温かく美しく見えた。



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