第3話 中学校入学式当日なんだわ 前編

 めちゃくちゃ早く寝たからめちゃくちゃ早く起きた。通称狸型ロボットの目覚まし時計は午前5時23分を表示している。今日は待ちに待った入学式。いや、いうて待ってたのは昨日からだけど、そんなもんは関係ねえ!大事なのはハートと尻だぜ。引き締まっていこう。


 パジャマのまま一階のリビングに下りると、じーちゃんが犬のリードと袋を持って外に出かけようとしていた。


「おはよう八夜」


「おはようじーちゃん。イヌスケの散歩?」


「ああ。お前も来るか?」


「うん!」


 俺は急いで自分の部屋に戻ってジャージに着替え、リビングに戻った。が、誰もいないので外に出てみる。


 するとじーちゃんはもう外でイヌスケのリードを取り替えて俺を待っていた。イヌスケは、早く散歩に行こうぜ!とリードをぎゅんぎゅん引っ張っている。


「じゃあ行くか」


 ぽつりとつぶやいてじーちゃんは歩き始めた。背中を向けているが、俺の歩幅にちゃんと合わせてくれている。小さい時はそんな優しさに気付けなかったが、大学生まで生きてきた今なら分かる。イヌスケも始めは少し早いペースで歩いていたが、すぐ俺たちの歩くスピードに合わせてくれた。マジでイヌスケしか勝たん。ふりふりと巻いた尻尾を揺らしながら楽しそうに歩いていく。じーちゃんはリードを持ちながら、しっかりした足取りで歩いている。田舎のあぜ道をゆっくり歩きながら、目の前に広がる田んぼを眺めてた。田んぼと電柱と時々民家しかないんだよな。ここらへんは。


 散歩道が半分を過ぎたとき、心地よい風が一瞬通り過ぎた。どこからか桜の花びらが舞ってきて、イヌスケの鼻の上に落ちた。


か、かわいいいいい。よし、イヌスケを世界遺産に認定しよう。


 じーちゃんは少し目を細めてニヤッと笑った。散歩中ずっと俺とじーちゃんは黙ったままだったが、この時は目をお互いに合わせて笑った。


「もうすっかり春じゃけん、あっという間や。八夜も、もう中学生か。大きくなったなあ」


「うん」


「中学受験っち、じーちゃんはな、反対やったんよ。まだこげん小さか孫に、そげん事ばやらせるとっち。やけど八夜が毎晩一生懸命勉強しよるのを見て何も言えんくなった。よう受かったな。遅くなったけど、おめでとう」


「うん」


 じーちゃんからしたら中学受験はついこの間までのことだけど、俺が中学受験頑張ったのは約10年くらい前くらいの出来事だ。だからその時の事なんてもうほとんど覚えてねえけど、じーちゃんにやっとそれについて褒められたような気がして、俺はまた泣きそうになってしまった。い、いつもはこんなに涙腺が弱いわけじゃねえんだからな!


 イヌスケは道から草むらに寄ると、腰を落としてぷるぷるし始めた。ふんばってうんちする姿もかわいすぎる。今後、イヌスケと俺は可愛いさを競うバトルで激しい戦いをくり広げ、雌雄を決することになるだろう。イヌスケ、今日からお前はライバルだ。強い視線をイヌスケに向けるとイヌスケは俺の方を振り返って尻尾をさらにフリフリしてきた。つぶらな柴犬の瞳が俺を襲う。ふっ。どうやら今回は俺の負けのようだな。


 じーちゃんがさっとうんちの後処理をして、そしてまた、俺たちは歩き始めた。朝の光が2人と1匹と、そして俺の育った町を照らし出していた。



 散歩から帰ってきた俺は軽くシャワーを浴びて、初めてのセーラー服を着る。前、中学に通ってた時は学ランだったなーっと当たり前のことをぼやぼや考えながら、リボンの結び方を母さんに教えてもらった。これでセーラー服装着完了だぜ。玄関に置いてあるあの鏡で自分の姿を確認してみる。ふおおおおおおおおお。可愛すぎんか俺!?可憐で儚げなミステリアスで謎の美少女じゃねえか。俺に出会ってしまった世の男共は、物語が動き出したと思っちまうじゃねーか。まっ、正解なんだけどな!世界最強美少女の俺こと、この犬山田 八夜に出会うために男は生まれてきたんだからな~。


鏡に映るセーラー服の自分を見て完全に調子に乗った俺は、両手の親指と人差し指と小指をピンと伸ばして美少女な戦士のポーズを取る。おいおい。この可愛さだけでこの世の悪を滅ぼせるんじゃねえのかよ。


「月にかわっておs...」


「ほらはやく準備して行くよ!!初日から遅刻したら恥ずかしいでしょ!!」


「はい」

 

 俺はしぶしぶリビングに戻り、学生カバンや筆記用具の持ち物確認をして外に出た。庭では小屋の中でイヌスケが幸せそうに二度寝している。かわいいやつめ。起こさないようにそっと軽自動車のドアを開けて助手席に乗り込む。じーちゃんはそのあとやってきて、後部座席に乗った。スーツを着ていてかなりダンディだ。最後に家の鍵をしめた母さんが運転席に座ってエンジンをかける。発進だ。そういえばこの軽自動車、俺が高校生にあがるときに古いからって売られたんだよな。変なクリーム色がちょっとイヌスケに似ていて好きだったんだけど。なんてことを考えながら、流れていく外の景色を眺めていた。俺の育った町。いつしか田舎のあぜ道は、国道になってそのまま学校の駐車場にたどり着いた。そう。ここから俺の美少女青春ライフが始まるのだ。


「私とお義父さんは入学式の観覧席で後から参加だから、行ってきなさい。分からなかったら先生がいると思うからちゃんと聞くのよ」


「わかった」


 なんだか、緊張してきたぜ。だが、俺は美少女。なにも慌てることはないのだ。完全無欠の美少女を演じて、この学校の先生生徒全員にチヤホヤされるんだ。


 助手席のドアを開け、俺は駐車場の地に降り立つ。なんだか、他の生徒たちからチラチラ見られている気がする...。こんな時こそ、さっき車のサイドミラーで練習したミステリアスな笑みを浮かべるのだ。俺はにこりとほほ笑んで、歩き始めた。


「何あの子かわいすぎる....」


「すごい綺麗...」


「モデルみたい...」


 そこの生徒諸君。こそこそとしゃべっているようだが、俺の地獄耳は俺の都合のいい事だけ、どんな小声でも聞こえてしまうのだよ?ん?かわいすぎる?きれい?モデルみたい?.....ふおおおおおおおおお。俺の人生が始まったぜ!!!


 内心ナイトフィーバー状態で踊り出しそうな気持ちをおさえつつ、中学校の正門へ歩いていく。そんな時。


「きゃーーー」


 幼稚園ぐらいの男の子だろうか。高い声でニコニコ叫びながら、停めてある車と車の隙間を通り抜けて、駐車場から道路に出ようとしていた。


 このままじゃ車にひかれる。そう思うより前に、俺の足はその男の子に向かって、全力で走り出していた。

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