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 夢の中で推し友とテンション高めに話をする自分に、意識のどこかで違和感を覚えた。ーーこんな自分なんて知らないよ?

 夢の中の推し友は女子の鏡のような、非常に好感が持てる可愛い子だった。

 明るくて、METEORのことを一生懸命に話すその女の子は、私の今後に大いに影響を与えるであろう存在になってくれる。

 今朝はめずらしく、そんな希望に満ちた朝を迎えた。


 登校中はいつものことだけど、人目を避けるように人の波に巻き込まれない経路を選び、円滑に徒歩で突き進む。そんな私の進路を妨害しそうな人物を早々と察知。露骨に嫌悪感たっぷりの表情を表す。

「ヨリリンオッハー!」

 朝から遭遇するには少々かったるい人種の登場に、立ったまま眠ったフリをするしか手段はないと即座に見極め、実行する。

「そんなところも新鮮で惚れてまいますわ〜!」

 来夢の慣れない関西弁が奇妙で、あのお誘いの日からスイッチが入ったままだと察する。

 何をそんなに特別視しているのか私にはわからなかったが、今日という日をテンション高めの状態で待ちわびていたに違いない。

「おはよう、来夢。今日も超絶元気で何より。よろしくね」

「こちらこそ!期待しててね、ヨリリン!素晴らしい一日が待ち受けてるんだから!今日は推し友共々こちらこそよろしくね〜!」

 今日がどういう日か、当然理解している来夢だからこその言葉だった。

 来夢にとって推し友とは、趣味を共有する喜ばしい存在でしかないのだと理解する。だけど、私にとって本当に”素晴らしい一日”になるのかは疑わしい。

 これまでの人生において、”素晴らしい一日”を経験したことがない私は、無意識に期待してはいけないと脳に言い聞かせてしまう。


 放課後。来夢から推し友は二人で、佐里高校の同級生(2年生)という新たな推し友情報を入手した。

 推し友二人と落ち合う場所は、2年B組の教室。つまり、来夢と私の教室。

 クラスの皆が部活なり、帰宅の途につくべく教室をあとにしている中、来夢と私だけ教室に残っていた。

「ねぇ、ヨリリン。推し友ってどんな人かなって妄想してる?」

 取り敢えずの想像はしているが、期待に胸を膨らませていると思われはしないだろうか。そんな懸念が邪魔をし、正直に胸中を吐露できずにいると。

「きっと期待を裏切っちゃうかも〜」

 ”期待を裏切る”。そんな言葉を発するということは、来夢は私の妄想を妄想しているということの表れではないか。

 いい意味で私の期待を裏切ってくれるのか、それとも逆で私の期待に反する結果が待ち受けているのか。私はまるで、合格発表を待つ受験生の気分になっていた。

 それから数分後、待ちわびていた合格発表の瞬間が訪れる。

 静まり返った放課後特有の刹那せつな。遠くの方から聞こえてきた二人のものと思われる規則正しい足音。だんだん近づくと同時に胸が高鳴る。そして。

 堂々とした入場のごとく、颯爽さっそうと教室に入ってきた二人組。

「お待たせ」

 クイッと綺麗に上がった口角が印象的な笑顔の子がそう言うと、もう一人の子はわった目で言う。

「どうも」

 来夢が仕切り、自己紹介を始める初対面の四人。

 合格発表の答えは、ズバリ不合格。想像(妄想)に反した二人がここに存在していた。

 まず、二人がかもし出すあか抜けた雰囲気が理窟ではなく、なんとなく好きなタイプではないこと。そして、二人が揃って圧倒的なる美をまとっていて、目のやり場に困ること。そして何よりも愕然としたこと。それは。


 同性ではなく、異性だということだったーー。


 動揺ついでに、心の中で勝手な言い分を吐露せずにはいられなかった。

 夢の中でテンション高めに言葉を交わした女の子はどこ?

 女子の鏡のような好感が持てる可愛い女の子はどこ?

 METEORのことを一生懸命に話す明るい女の子はどこ?

 私の今後に、大いに影響をもたらしてくれるであろう存在になるはずだったのに!

 イケメンは緊張してしまうから、避けて通りたいイケメン街道だったのに!

 私にとって”人生”とはーー思いどうりにいかない華やかでもなんでもないステージ(舞台)であり、それでいて希望を捨てきれないステージであることに変わりはないことを思い知る。

 今こそ楽観視できる面白い将来を見出だしたかった。

 そのためには努力も惜しまないとさえ思えたのに…。

 期待をもたらす夢なんて見るもんじゃない。


 観月 尊(みずき みこと:以後、ミコト)と月宮 碧(つきみや あお:以後、碧)。

 夢の中の推し友ではなく、リアル推し友はそういう名前らしい。

 正直言ってこの私の目の前にいる推し友二人は、なぜかすごくしゃくだけど、かっこいいの一言に尽きる。外見の詳細はさておき、客観的に見れば推し友に恵まれたと言っても過言ではないと思う。

 推し活をする側ではなく、推しとなるではないのかと困惑するほどに。

「依ちゃんはさ、METEORの中で誰が推しなの?」

 長身で落ち着いた雰囲気のミコトくんが私に問う。

 よって、体が硬直してしまった。そこで不自然ではあったが深く深呼吸をし、今自分にできる際いっぱいの対応をする。

「あの、メンバー推しとまではいってなくて…言わばMETEORの歌詞の推しとでも言うのかな…」

 すると、ミコトくんと碧くんはなぜか顔を見合わせ、少々驚いているように見えた。

「ふーん、意外だなぁ。女子って顔から入ってそこから性格も見ていく感じなのかと思ってた。偏見っぽくてごめん」

 意外と話しやすくて好印象のミコトくんなのだが、碧くんはこのあと私に驚愕な発言をする。


「あんたって……彼氏いる?」


え!?何をいきなり言うの、あなたは!


「いや、いないよ…?」

 一瞬、推し友ではなく、ナンパ師かと勘違いしそうになった。

 けれど、すぐにナンパ師ではないことを悟る。

「焦らない方がいい。あんたは交際には向いてなさそうだから」

 衝撃のあまり一瞬思考が停止した。

 その後再び思考が始動する感覚のあと、私はどうして初対面の男子にこんなにも踏み込んだことを言われてしまっているのだろうといきどおりを感じ、碧くんに問う。

「…どうして初対面でそんなこと言うの?」

 その答えはすぐ聞けるものと思っていた。

 ところが、一向にその答えをつむぐつもりがないらしい。

 それどころか、そっと窓際の席に座り瞳を閉じ、慣れたふうに窓からのそよ風を受けている。心地が良さそうで何よりだけど…。

 我が道を行くその光景を目の当たりにし、私はふとあることが頭をよぎった。

 この人は風を浴びることに没頭している。それは、私が夜空を見上げ、星の鑑賞に没頭するのと同様なのかもしれないと。

 星と風ーー。自然界への触れ合いを特別とし、私と同じく日々の生活になくてはならない存在だったりするのだろうか。

 同士。ほんの一瞬、その二文字を連想してしまった。

 だけど、すぐに気の迷いだと悟る。

「俺に関わらないでくれていい。今日は付き合いで来てるだけだし、異性との関わりは得意じゃない」

 これだからまったくもって嫌悪感しか残らない。申し訳ないけど、この人になんの興味もわかない。というか、人間性をも疑ってしまう。

 この人の言動のあとには、常に”どうして?”が付きまとう。

 人間味がないというか、自分以外に興味を抱かない可哀想な人。数分接して勝手にそういう印象を受けた。

 ミコトくんと同じく長身で容姿端麗なのに、もったいないと感じてしまった。

 我が道を行く人間だろうに、”付き合い”という場違いな言葉に違和感を覚える。

 異性が苦手なら来夢にもそう言って断ればいいじゃない!

 変に友達思いでも、その他を傷つけるならいる価値なくない?

 碧くんへの怨念おんねんがあるなら、とっくに碧くんをその念で押し潰してそうだな…。

 『いる価値がない』とか、酷い感情をいだく自分をも嫌悪感で押し潰しそうになった。


 これが、二人との最悪で意味深い出会いだったーー。

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