第12話 命がけの死地がモエの終点なのです

 転移装置であるポータルを渡ればデバフはおろかバフもその効果を失う。


 酩酊するというのはアルコールによるデバフと判断されるようで、階層を飛んできた2人も今はもうシラフである。


 それだけに、これが現実だと重々しくのしかかり──今は泣きながら渓谷を走り回っている。


「なんっ!なんなのようっ!」


 2人が飛んだ先は何もない岩場で、記憶にない景色に呆気に取られているところを空から奇襲されたのだ。


 プテラノドンのような小型の飛竜の群れに。


「鉄球が当たっても空を飛んでいるのですよ」


 空を飛ぶ鳥型でモエの鉄球を食らって飛び続けた魔物はいない。


 それでもよくよく見れば食らった個体は内臓を潰されたようでガクガクしながら群れの後方へと下がっているのだが、生憎この2人にそこまで観察する余裕などない。


「モエちゃん、あ、あれは何体くらいいるのかな?」


「数えてないのですけど、きっと100体くらいなのですっ」


 実際には20体と少しであるが広げた翼は4mを越えクチバシから尾までも1.5mほどの飛竜がそれだけいれば空を向かってくる群れの数など把握しようもない。


「肩がまだ痛いよぉ」


 泣き顔で赤茶色の岩と苔とかすかな水量の川があるだけの渓谷を走る2人。


 この階層に訪れたフィナは背後からいきなり肩を掴まれて空に連れ去られかけていた。


 一瞬早くその接近に気づいたモエの投げた鉄球が飛竜の左翼ごと胴体を直撃したために難を逃れたが、強く掴まれた両肩には爪が食い込んだところに血が滲んでいる。


「フィナさんっ!こっちなのですっ」


 走るモエが延々と続く岩壁にぽっかり開いた横穴を見つけてフィナともども転がるようにして入っていった。


 これにより地上を走らない小型の飛竜からは無事に逃れることに成功した2人。


 外から差す光は奥までもは照らしてくれない。薄暗い入り口付近ではあるがその場に座り込み肩の傷を確認する。


「骨が見えているのですよ」


「ちょっ⁉︎そんな怖いこと言わないで⁉︎」


「え?でも本当に──」


「気のせい!気のせいよそんなのは。とりあえずはポーション……」


 そこまで言ってフィナは手持ちにそんな物は無いことに気付く。


 パーティを追いやられた時には既になく、モエと組んだ時には薬草を買い求めて、あるのは生の草とモエ汁のみ。


「仕方ないわ。気休めでも」


 モエから貰っていたビンを蓋を開けて一気に口に流し込む。


「あっ、そんなに」


 モエが止める間もなく、瓶は空になる。


「何これ──すっごく甘い」


「モエの愛え──ふがふが」


 ある意味での危機を感じたかのようにモエの口を素早く塞ぐフィナ。


 その動きにはケガ人であることを感じさせない鋭さがあった。


「あれ?痛く……ない?」


「モエ汁の効果なのですよ」


 そう言うモエも自身の指から出るモエ汁を直にしゃぶっている。


「どうなってんの?」


「傷口に緑の塊が詰まっているのです」


「何それ怖いっ!大丈夫なの⁉︎」


 フィナは傷口に薬草が詰められたような状態を想像して、気持ち悪く上を向いて目を閉じてしまったが実際には半透明の緑の膜が覆ったような状態になっている。


「大丈夫なのです。これくらいならあと5分ほどで綺麗に治るのです」


「そんなことがあるわけないでしょ。あぁ、きっと傷も残っちゃう。いや、それどころじゃないわ。ここって一体どこなのよ、絶対に19階層じゃないでしょうよ⁉︎」


「確かに……モエの鉄球で平気な鳥さんは初めてなのです」


「あれがっ、鳥なわけっ!ないでしょうよっ」


 自然と声の大きくなるフィナが飛ばす唾がモエの顔にシャワーのように飛び散る。


「──あれは確かにドラゴンよ。ずいぶんと小さいけれど小型のナニカね」


 興奮していたフィナも唾にまみれたモエを見て「ごめん」と言い、冷静さを少しずつ取り戻す。


「ドラゴンですか。飛竜種といえば40階層からしか出てこないって聞いているのです」


「そうよね。ほんとにどうなってんのよ。これで地龍でも出てきたらもう──」


「フィナさんのそれは……フリなのです?」


「え?いや、さすがにそんなわけ」


 モエはフィナを見ていない。洞窟の奥、暗がりに浮かぶ2つの光を凝視する。


「いやいやいや……さすがに、そんなわけ……ないわよね?」


 49階層が未だに攻略されない理由は2つ。単純に階層主が強すぎることと、これまでの階層とは違いここの階層主は──


「ゴオオオオオッ」


 空気が震えるほどの咆哮。


 洞窟という空間においてはあちこちから響くように聞こえる。


「地を這う龍──やめてよね、そんなのわたしたち死ねるわよっ!モエっ、行くよっ」


「はいなのですっ」


 脱兎の如く逃げ出すふたり。


 規格外というより先人たちが攻略し得てない魔物を相手にするのと小型の飛竜の群れから逃げるのとなら断然後者である。


 ここまでは逃げられたのだから。


「階層主が1ヶ所に留まっていないってのは本当だったのね」


「山や谷の至る所を移動する、なのですよ」


 ポータルで飛ばされたスタート地点で既に出会う可能性まである。


 この階層は外では飛竜に襲われ、岩ばかりのフィールドに隠れ場所を見つけても主とされる地龍に襲われる可能性もある。


 強力な範囲魔法攻撃や地龍を倒しうる力が無いと居続けることは叶わない。


 そんな階層に安全地帯であるコミュニティが築かれているわけもない。


 そして最悪の事実が2人に重くのしかかる。


「携帯ポータルがっ、使えない!」


 携帯ポータルはコミュニティの階層ポータルよりそのエネルギーを補充する。


 そしてそれは階層ごとに必要な量も変わり、金額も全く違う。


 2人の携帯ポータルが使えるのはせいぜい19階層から29階層への転移のみ。

 

 最後に使ったポータルまでという制約がある中で飛ぶにはエネルギーが全く足りず、階層主を倒して現れるポータルは当然まだない。


 つまりは──


「わたしたちは攻略するか死ぬしかないってこと?」


 既に離れた洞窟からは生臭い匂いまで漂う。


 洞窟ではないただの窪みを見つけたふたりは地べたにへたり込みながら地龍の咆哮を遠くに聴き、頭上ではフィナたちを探しているのか飛竜たちの飛び交う姿をただただ眺めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る