20話 変わりゆく者②
「ちょ、麻美! 謝っときなよ」
彼女たちと机一つ分程度の距離まで近づくと、さっきまで一緒になって話していたうちの一人が焦った顔で麻美と呼ばれた女にそう助言した。さりげなく麻美一人に罪を被せようとしているのが何とも汚い。あくまで自分は関係ない、悪くないというスタンスだ。こういう人間は今までいくらでも見てきた。
麻美もそれに気が付いたのか一瞬不快な顔をそちらへ向けた。そしてその女子の言葉を一蹴するように「フンッ」と鼻を鳴らした。彼女にもうさっきの狼狽はなく、冷静にこちらの顔を見据えて口を開く。
「……あんたは謝罪が欲しいわけ?」
「俺のことは、いい——けど! 笛吹は、笛吹は化け物なんかじゃない! それだけは訂正して欲しい」
「はぁ? 訂正? 化け物でしょ、人間から花は咲かないわ」
麻美は馬鹿にしているのを隠そうともしない口調で俺の言葉を繰り返した。自分でも、子どものような頭の悪いことを言っていることは分かっている。こんなことで笛吹への……いや、花人への風当たりが良くなる訳でもない。むしろ余計な刺激をして悪感情を助長させる可能性すらある。それでも黙っていることが出来なかったのは俺が笛吹彪香という存在を深く知ってしまったからだ。見てしまったからだ、彼女が誰よりも優しくて不器用で不安定な、ただの人間であるところを。
「笛吹があの花で君たちに何かしたか? あの花から毒でも出るって本気で信じてるのか? ……あの綺麗な花に心を奪われないのか」
「——ッ!」
喋っているうちに周りから突き刺さり続けていた視線が気にならなくなり、相変わらず色はないが視界は妙にクリアに麻美を捉えていた。頭はショートしそうなほど熱く、痛いくらいなのに思考は研ぎ澄まされていた。脳内には昨日の笛吹のあらゆる姿がコマ送りのように思い出され、何故か同時に、死んだじいちゃんの最期の瞬間がフラッシュバックした。
じいちゃんは父さんとばあちゃんと一緒に事故に遭ったが、三日だけ生き長らえた。医者はそれを奇跡だと言ったが俺にはそれが酷く残酷に思えた。偶然他の人は離席していて、じいちゃんの最期を看取ったのは俺だけだった。
『結城……お前はまるで私の生き写しだ。でもな、生き方まで私と同じになっちゃダメだ。お前はその手で守ると決めた人はちゃんと守りきれ。身を守るだけじゃダメだ。心も、尊厳も全部だ。——人間はな、一人じゃ酷く脆いんだ。完璧な奴なんていない。支え合える相手を見つけて大切にしろ。分かったか?』
その時は難しくて理解が出来なかったし、なによりもそれを話すじいちゃんの顔がやけに清々しくて「ああ、じいちゃんも死んでアッチにいくんだ」という悲しさだけが心を支配していた。だが、今になって、笛吹に会ってようやくその言葉を心から理解できた気がした。——俺の守りたい人は家族だ。笛吹もその一員だ。
「……あんたは自分を全て完璧でなんの過不足ない存在だって言えるかよ」
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