第十八話
見えた!
二本松を少し通り過ぎ、素人が作ったような粗末な桟橋が見えてきた。
この後は船内で打ち合わせたように水野と俺だけが降りる。
相手が何人いるかはわからないが、俺に出来る事は自分の身を守りる事と水野が自由に動けるようにする事。相手に出来ても一人か二人が限度だろう。ある程度、研鑽を積んでいるので腕があるかもしれないが、二人に挟まれれば、腕の差なんて有って無いようなものだ。
交渉で人質を解放してもらえるのか、人質もろとも命を狙われるのか。まったく予想がつかない。徹底しているやり方からして目撃者のさくら殿も命を狙われる可能性の方が高いと心積もりしている。
どういう展開になろうとも、せめてさくら殿だけでも無傷で奪い返さねば死んでも死にきれない。
川に手を差し入れ、柄を濡らす。そして
桟橋まであと少しの距離。なかなか辿り着かないように感じて、もどかしい。
左手は鞘を握っては離し握っては離し。
人と斬り合うのは初めてだ。人に真剣を向ける事すらした事は無い。
水野からは相手より一歩多く踏み込めと言われた。どうしても最初は相手の刀に委縮して腰が引けたり遠間から仕掛けてしまうらしい。
水野のいつもと変わらぬ様子がひどく頼もしく思える。
静かに横付けされた舟から桟橋へと降りる。寅には、振り返り目礼だけで済ます。打ち合わせの通り、音を立てず桟橋から離れ下流へと舳先を向けた。
桟橋の古さからか、作りが荒いからか足を置くたびにギィっと軋む。あいつらに気付かれないかとヒヤヒヤしながら歩を進める。
幸にも川淵には葦が茂っていて腰を屈めていれば見つかることは無いだろう。こんな狭い桟橋で敵に見つかれば、一溜まりもない。
おそらく、敵の想定は走って疲れた俺たちを複数人で囲んで仕留める計画だろう。
人質は俺たちを呼び出すため。反撃を禁じなければならない人数差しか用意していないことは無いだろう。俺が人質を見捨てた場合、返り討ちになる可能性があるからだ。
敵の立場で考えると確実にいくなら、大人数で取り囲んでの攻撃。ただし、元々人質を取られている以上、形勢が不利になれば、人質を盾に反撃すら制限されるだろう。その前に一気呵成攻め立てて数的不利を解消せねばならない。それが俺たちに取れる作戦だった。何とも頼りない行き当たりばったりの作戦だ。
その程度の作戦しかないが、成功させるために、相手の考えの裏をかき、山波屋敷から陸路ではなく舟での移動にしたのだ。もちろん体力温存と移動時間短縮の意味合いもある。
これにより、相手の背後に回れた。さらに仕掛けるタイミングがこちらに移った。想定より早く辿り着けたから相手の準備が整う前に仕掛けられるはず。
こちらの予想が当たっていてくれと桟橋の根元まで移動すると、屈めた腰を少し伸ばし二本松のある土手を見る。
……結構人数が多いな。ざっと数えると八人ほどいる。身なりは良くないが侍だ。浪人かもしれない。勤番侍ではない分、荒事になれている可能性もある。
浪人どもは川に沿って広がり列を作っている。俺らが二本松まで来ない見えないよう、土手から遠い川淵の方にいた。もちろん、勝手気ままにブラブラしているので、幅は適当で近いところもあれば遠いところもある。大方、俺らが到着次第、二本松を中心に丸く取り囲むため列を作り広がっているのだろう。
幸いな事にこちらに背を向けている。城下から走って来ることを想定して向こうから来ると思っているのだろう。
そんな風に観察をしながら見ていると浪人の風体とは違う人間が一人。土手の上に一人だけ身なりの良い者がいる。侍ではなさそうだが商人でもなさそうだ。太刀ではなく脇差のようなものを一本差しにしている。あいつが黒幕なのだろうか。
今見えた人数で九人か。さくら殿は見当たらない。他の場所にいるのか?
それはないか。相手の作戦はこちらを少人数で呼び寄せるために考えられている節がある。さくら殿の顔を見せないと俺らが引き上げることも有り得るのだ。絶対にしないが。
であれば、さくら殿は近くにいる。ここからでは見えないから少し離れた場所にいるのだろう。二本松の側では奪い返される可能性が高い。それは悪手だ。用意周到な奴らが、そんなヘマをするとは思えない。つまり、もう一人さくら殿を抑えている人間がいるはず。
手順を確認する。俺らは土手の方に出ず、葦の中を移動し川淵に屯している浪人たちを斬る。不意を突けば俺が一人、水野は二人仕留めることができるだろう。
残り五人。順当にいけば手練れとわかる護衛の水野に人数を割く。
水野に三人、俺に二人。こうなると俺がちょっときつい。何とか致命傷を負わないまでもどっちかを倒すことはできない。水野が三人仕留めてくれるまで耐えるのが精いっぱい。
俺に三人来てくれれば逆に楽だ。水野相手に浪人者が二人だけでは瞬殺だろう。それまで走って逃げるなりすれば、その間は持つ。が、そんなに甘くないだろうな。
可能性が一番高いのは俺に一人。普通、子供の殿様なんぞに大人一人で充分に相手できると考えるだろう。護衛を排除できれば、後はどうとでもできる。
「不意を突いて俺は一人、水野は二人頼めるか?」
俺は声を落とし、後ろにいる水野へ考えを伝える。
「その考えで良いかと。しかし二人と言わず三人は行けるでしょうが。加えて言うなれば私も考えがあります」
水野の言う考えとは、この様なものだった。
水野は無理をせず二人を仕留める。しかし、一列に広がり屯している浪人者の配列を利用し、端から三番目を基準に左右の浪人を狙う。三番目を水野が斬ったら、俺が二番目、水野が返す刀で四番目を撃つ。その列に割り込んだら、背中合わせになり、水野は中央側へ、俺は端の残り一人と対峙する。そうすれば、俺は一人と対峙できる。水野は四人を相手取ることになるが問題ないらしい。
見ただけで相手の技量がわかるという。俺の相手も、俺の腕であれば問題ないとのこと。励ましてくれているのでは考えてしまって素直に喜べない。
水野にしてみれば、俺に危険が及ばなければ良くて、無理して相手を倒すことまでは期待していないのだろう。緊張してヘマをしないかだけが心配なのだと思う。
護衛である彼の立場では当然だろう。むしろ、さくら殿の救出作戦を止めず、共に死地に向かってくれているのだから、頭が上がらない。
そんな事に関係なく水野の作戦は理にかなっているから、そのまま実行することにする。
仕掛ける位置の問題で俺が先頭を進むが仕掛けるタイミングは水野任せ。水野が斬りこんだらすぐに俺も続く。自分に決定権が無く、葦の中で息をひそめ待つこの時間は何とも耐え難い。大声を出しながら今すぐ襲い掛かってしまいたい衝動に駆られる。
失敗は許されない。初めて感じる重圧の中、機を待つ時間は俺の心臓の鼓動と反比例して、とても遅いように感じた。
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