リップ

(あれ、間違えたかも・・どうしよう)


大事な会議の前、

口が回るようにしておかないと!

と思って塗ったリップ。


結局会議では一言も喋る場面は来ず、

2時間ずっと口を閉じっぱなしだった私だが


今頃になって、あれが

スティックのり

だった事に気が付いた。


席についてコーヒーを飲もうと思ったら

口が完全にくっついていたのだ。


幸か不幸か、うちは文房具の会社なので、

こんな間違いも起こりやすい反面、

剥がし液も簡単に手に入る。


で、剥がし液は向こうの棚にあるわけだが、

私には取りに行けない事情がある。


会社の備品を借りるときは、

口頭で総務に一報入れるのだ。


しかしあいにく私の口は閉じている。

大事おおごとにして社内の噂にもなりたくない。


そこで私は、口が硬めの同期に頼む事にした。


なんとかジェスチャーで伝えようとする私に

笑いを堪えながら、同期は言った。


「まぁつまり剥がし液な、分かった分かった」


持つべきものは友だ!

今度なんか奢ろ・・。


剥がし液を持ってドヤ顔で戻ってくる同期。

いつもなら腹立つ顔だが、

今日はヒーローに見えた。




急いで剥がし液を口に塗りたくる。

変な味がするが大事おおごとにだけはしたくない。

ここは我慢だ。


5分後、私の口は解放された。

助かった・・

目の前にあった少し冷めたコーヒーは

今まで飲んだどんなコーヒーよりも

ホッとする味がした。




1時間後、

私は救急車で運ばれた。

私の話は大事件として、社内中に知れ渡った。


剥がし液のパッケージには

大きくこう書いてある。


『絶対に口に入れないでください。

 もし入ってしまった場合、

 絶対に飲み込まず、

 すぐに綺麗な水で洗い流してください。』


救急隊員に運ばれる時、

同期がバツの悪そうな顔をして言っていた。


「ごめんな。

 よく考えたらスティックのりなんて

 普通に水で流せば取れたよな。」

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