第111話 エルメシア王国の諸問題
「ご主人さま、おかえりー! やったねやったねー!」
「聞いたわよ、アーカンソー! このお店を買ったんですってね!」
俺が『太陽炉心』に帰るなり、ウィスリーとシエリが大喜びの顔で出迎えてくれた。
「確かにそうだが。ふたりとも、いったい何をそんなに喜んでいるんだ」
「だってだって、お店を持つっていったら『いっこくいちじょーのあるじ』だよ!」
ウィスリーがキラキラと目を輝かせる。
「大袈裟だな。俺は単にピケルの
「まーたまた! そんな謙遜しちゃってー。フフッ、何も言わないでいいわよ。ここからすべてが始まる……そう、わかってるからね!」
絶対に何もわかっていないドヤ顔を返してくるシエリ。
「はぁ……まあいい。ピケル」
「はいぃぃぃ!」
緊張の面持ち……どころか、猛獣に睨まれた小動物のように
「何をそんなに緊張している?」
「だ、だって!
「ん? ああ、さっきの契約書を見たんだな。そういえば名乗っていなかった」
「これからは、わたしのすべてを捧げます! どうか今すぐ踏んでください!」
どうしてだ。
俺にそんな趣味はない。
「別に何も変わらんよ。『太陽炉心』は今までどおり君の店。俺は出資するだけだ。ただし今回のような迷惑客が出た場合は証拠を記録して知らせるように。ただちに法的手段に訴える」
「すべて
これでひとまず大丈夫だろう。
その後、俺たちは頭を何度も下げてくるピケルに手を振って店を出た。
◇ ◇ ◇
王都で最も
三人で王都を歩きながら道行く人々を眺める。
平和だ。
いつもどおりの光景。
それなのにまるで違って見えた。
胸につっかえた何かがジクジクとしている。
「シエリ。エルメシアでは人間以外の種族が差別されるのが当たり前なのか?」
非常にデリケートな話題とは思ったが、どうにも気になったのでシエリに聞いて見ることにした。
「王国法だと異種族の差別は禁止されてるわ……」
そう言うシエリの表情にも影が差している。
「それは知っている。しかし、守られていないのが実情ではないか?」
「……今から話すのはあたしの考えじゃない。だから、怒らないで聞いて欲しいんだけど――」
そう前置きしてシエリがエルメシア王国の実情を説明してくれた。
エルメシア王国はもともと立場の弱かった人間のために作られた国家であること。
遠い過去にエルメシアと異種族との間に戦争が起きたことから、異種族に対して少なからぬ
異種族差別は法律で禁止されているものの、刑罰は存在しないこと。
「……刑罰はない。そうか、そういうことか。ありがとう、シエリ」
「ううん、どういたしまして。役に立てたなら良かったわ」
「ご主人さまは差別をなくしたいの?」
話が終わったタイミングでウィスリーが小首を傾げた。
「なくしたい気持ちがなくもないが、俺には不可能だ」
「ご主人さまでも無理なんだ?」
「いいや、俺だからこそ不可能なんだ。所詮はただの冒険者に過ぎないからな」
「そっかぁ」
ウィスリーがあっさりめに答える。
むしろシエリの方が意外そうな顔で
「アーカンソーは、どうすればいいと思う?」
「む? そんなことを聞いてどうするんだ」
「何か案があるなら聞きたいなって」
……うん?
俺の意見など個人の
とはいえ、求められた以上は答えよう。
「そうだな。やはり
「……そうでしょうね。人間至上主義を掲げる貴族派閥がきっと反発するもの」
シエリが口惜しそうに
ウィスリーがきょとんとする。
「えっと。つまり、どーゆーこと?」
「異種族を差別することで利益を得ている者たちがいる限り、王は法改正できないということだ」
「そんな悪いやつらがいるんだ! やっつけよーよ!」
「ウィスリー、物事はそうシンプルではない」
できるだけ優しく「少し難しい話をするぞ」と前置きしてから続きを話す。
「貴族は王権にとって味方でもある。貴族派閥の協力なくしては、そもそも国が成り立たない。だからといって『貴族を始末しろ』とか『国をなくせ』と主張するのでは無政府主義の
「えっ、なんで!?」
ウィスリーが声をあげた。
シエリも少し驚いた顔のまま俺の答えを待っている。
「ピケルが虐げられていた本当の理由は異種族だったからではない。弱者だったからだ」
「あっ……」
シエリが何かを察して息を漏らした。
「そう、仮にピケルが人間だったとしても同じことは起きた。『気弱そうだから』『声が小さいから』『なんとなく気に食わないから』……おそらく連中は適当に理由を付けて彼女を標的にしただろう」
見上げると、雲ひとつない空が広がっていた。
どこまでも澄み渡った青が視界を埋め尽くす。
「だから、そんな連中からせめて知人くらいは守りたい。俺の望みはそれだけだ。差別をなくすとか、弱者をすべて救うなんて大それたことは考えていない」
「ご主人さま……」
「アーカンソー……」
ふたりの声を聞いてハッとする。
すっかりしんみりした雰囲気になってしまった。
「すまない、説教臭かったな。すべて俺の個人の考えだから忘れてくれ。さあ、ちょうど昼になったし十三支部に戻ろう。今日はメルルのランチが食べられるぞ」
「そ、そーだね!」
俺の意図を察してくれたのか、ウィスリーが明るい調子で合わせてくれた。
しかし、シエリの方は
「どうした?」
心配して声をかけるとシエリが顔を上げた。
何かを決意したような眼差しを向けてくる。
「アーカンソー。ウィスリー。あなたたちに頼みがあるの」
シエリが胸に手を当てながら、
「あたしと一緒に『王選』に挑んでほしい」
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