第61話 新メンバー(カルン視点)

「まさか、シエリが出て行くなんて……」


 俺は第二支部の酒場で頭を抱えていた。


「カルン。そのセリフ、今日だけで三回目ですよ」

「セイエレム! お前は何も感じてないのかっ!?」


 すまし顔で食事をしているセイエレムに腹が立った俺は、思わずテーブルを叩いてしまった。

 しかし、セイエレムは気を悪くするでもなく淡々と話を続ける。


「どうでしょうね。彼女が『はじまりの旅団』を抜けたのは確かに残念ですが。彼女はちゃんとかわりの魔法使いを紹介すると言っていたのですし、最低限の責任は果たしているかと」

「どうしてこんなことになる。俺たちは正しいことをしたって、お前だって言ってたじゃないか!」

「正しいことが必ずしも良い結果に繋がるとは限らない。アーカンソーと過ごして学んだことです」


 セイエレムが俺の目をジッと見た。


「あなただって覚悟していたでしょう? アーカンソーが抜けることで我々が陥る状況を」

「わかってたさ! 今までと同じようにはいかないことぐらい! だけど、こんな……」

「シエリが抜けるのは読めませんでしたか」


 読めるわけない。

 だって、シエリはアーカンソーに傷つけられて――


「……いや、待て。お前のその言い方……まさかこうなるってわかってたのか!?」

「予感はしていました。あなたこそ本当に気づいていなかったのですか? シエリがアーカンソーに執着していたのは火を見るよりも明らかだったでしょうに」

「でも、シエリだって俺たちと同じだったじゃないか! 俺たちは全会一致でアーカンソーを追放したんだぞ!?」

「……リーダーのあなたがそんな状態では、活動再開はまだ少し先になりそうですね」


 セイエレムが席を立った。


「ま、待て! お前まで出て行くのか!?」

「誤解しないでください。しばらく神殿が忙しくなりそうなので冒険者活動を自粛するだけです。ああ、そんな顔しないでくださいカルン。僕はまだあなたを見放していませんから」


 去り際に俺の肩を叩いてセイエレムは出て行った。


「どうすればよかったっていうんだよ……」


 ひとつだけ確かなことがある。

 俺が思い描いていた再出発は幻想だった。

 そこに気づかず、俺は――


「へへっ、『はじまりの旅団』最強の戦士が、ひどく落ち目じゃねえか。カルンさんよぉ!」


 背後から誰かに肩を掴まれた。

 漂う酒臭い息には、あからさまな侮蔑が混じっている。

 こんなあからさまな敵意にも反応できないくらい動揺していたらしい。


「……悪いが、今は付き合う気分じゃない。他を当たってくれないか」

「前から調子に乗ってるテメェらが気にくわなかったって言ってんだよ!」


 肩を引かれる力に抵抗せずに振り向くと、赤ら顔の四人組が見えた。


「第二支部では見ない顔だな。ガラの悪さからして第三からの成り上がりか」

「だったらどうしたってんだよ? 元第一だからって、お高く止まってんじゃねえぞ、コラァ!」


 俺より体格のいい重戦士に胸倉を掴まれるが、なんの危機感も覚えない。


「この手を放せ。今は加減してやれる自信がない」

「今はテメェひとりなんだぞ。状況がわかってんのか?」

「ああ。酔っ払いのチンピラが四人、俺を取り囲んでいるな。それがどうかしたのか?」

「野郎!」


 俺の胸倉を掴んでいた冒険者が殴りかかってきた。

 攻撃を受け止める戦技【パリィ】を発動しつつ、頭を少し傾けて額で受ける。


「ひぎっ! 手が、手がーっ!!」


 手がバキバキに砕け散った冒険者が叫び声をあげた。


「【パリィ】だけは得意でな。俺はダメージを反射して相手の攻撃手段を破壊できるんだ。その手、早く治療ヒールしたほうがいいぞ」

「なっ、そんなの無敵じゃねえか! ズルいぞ!」

「……ズルい? そうか、お前たちには俺がそう見えるのか」


 戦技を使えない癖に、俺と剣で互角に渡り合える男のほうがよっぽどズルいと思うけどな。


「とにかく無敵なんかじゃないさ。【パリィ】で受けきれない攻撃をすれば俺にダメージを与えられるぞ。酒に酔った頭で挑戦してみるか?」

「こいつ、やってやろうじゃねえか!」

「自分が最強だと思いあがりやがって!」

「やっちまえ!」


 これだけ脅せば普通はためらうんだけどな。

 そのあたりは第三支部でなりふり構わず成り上がった冒険者らしいというか。


「ハア……普段なら、こんな喧嘩は絶対買わないんだけどな」


 三方から飛び掛かってくる冒険者たちに笑みを向けた。


「悪いが、少し憂さ晴らしに付き合ってくれ」



 ◇ ◇ ◇



 数分後。

 俺の周囲には絡んできた冒険者たちが床に沈んでいた。

 当然、俺は無傷。

 ギルドは騒然としていて、第二支部の冒険者たちがヒソヒソとささやき合っている。


「まったく。最低の気分だ」


 自分に腹が立って仕方ない。

 格下を痛めつけて憂さ晴らしだなんて、俺はいったい何やってんだ。

 

「どもどもー。大丈夫ですかニャ?」


 肩を落とす俺に声をかけてきたのは、猫耳を生やした緑髪の少女だった。


 獣人だろうか? エルメシアでは珍しい。

 スレンダーなボディラインを見せつけるような軽装からして盗賊だろう。愛らしい顔つきの、シエリとはまた違った雰囲気の美女だ。


「心配には及ばないよ。むしろ彼らに治療がいるだろうね」

「最初から見てましたけど、馬鹿な連中ニャ。王国最強の剣士と名高いカルンさんに絡むなんて」

「そんなだいそれたもんじゃないさ。俺ぐらいの戦士ならそこら中にいるよ」

「さすがに自己評価低すぎませんかニャ? あのアーカンソーがただひとり、剣で勝てなかった男だと聞いてますニャよ?」

「本職の癖に負かせることもできなかったってことだよ。自慢にならないさ。それより今は誰かと話す気分じゃないんだ。悪いが彼らの介抱を優先してやってくれないか?」


 獣人の少女が猫耳をピクピクさせつつ頬を掻いた。

 

「んー、それは困ったニャ。これからお世話になる人にはちゃんと挨拶したいんニャけどなー」

「お世話に? どういう意味だ?」

「おっと、自己紹介が遅れましたニャ!」


 体をくるりと回転させたかと思うと、猫耳少女は目元でピースサインをキメた。


「ミーはシエリんの代理として不思議な国からやってきた魔法少女☆マジカル・パリサ! どーぞよろしくニャン!」


 なるほど。

 頭のネジが数本吹っ飛んでそうな自己紹介をするこの女の子が、シエリの代わりにきた魔法使いというわけか。


 はは、なんだかまた頭と胃が痛くなってきたぞ……。

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