第43話 すれ違い
いったい、何がいけなかったのだろう?
俺の日頃の行いが良くないのだろうか。
それとも、魔法による安易な解決方法ばかりを選んできたバチが当たったのだろうか。
『どれだけ覆い隠しても、過去は必ず背後から忍び寄ってくるものだ』
師匠のひとりの教えが今になって胸に突き刺さった。
心臓が
むしろ、すべてが幻なら、どれほど楽だったろう?
だが、現実だ。
シエリが俺のテーブルに同席し、ワイングラスを傾けている光景を受け入れなければならない。
「不味いわね。ろくなワインじゃないわ」
燃えるような赤髪のツーサイドアップ。強気そうな黒い瞳。誰もが
女性として完璧な
スレスレのミニスカートから伸びる黒のニーハイソックスからスラッと伸びる脚。
これだけ揃うと悪態を
「……十三支部に葡萄酒を頼むような客はいないからな」
「そうみたいね」
シエリが店内を見まわして、ため息を吐く。
いつものような喧騒はない。全身を緊張させた冒険者たちが大人しくチビチビと安酒をすすっている。
十三支部の空気は、たった一人の少女が放つカリスマに
王族だと知られているから、ではない。
理由までは知らないが、シエリはお忍びで冒険者をやっている。
はじまりの旅団のメンバーだけが、彼女の正体について真実を打ち明けられているのだ。
「アンタがどうして十三支部に出入りしてるのか……理由は聞かない。何か考えがあるんだろうし、馬鹿にしたりするつもりもないわ」
「考えというほどのものはないが」
十三支部は結果として大切な場所になったが、そうなる過程は成り行き任せとしか言いようがない。
「……過度の謙遜は失礼ってものじゃないかしら?」
「す、すまん」
シエリはどうして急に不機嫌になったんだ?
誰か教えてくれ。
「まあ、とにかく元気そうで何よりだわ」
「……君もな」
社交辞令を告げてくる間も、シエリは表情を変えない。
まるで一切の感情を捨て去ってしまったかのようだ。
かつてのわがままで奔放なお姫様然とした雰囲気は微塵もない。
常日頃から俺に向けてきていた
彼女とはお世辞にも仲がいいとは言えなかったわけだが、これはこれで災厄の前触れのように思えて恐ろしい。
「何か聞きたいことはあるかしら? どうやってここがわかったのか、とか」
「その気になればいくらでも調べられるだろう。君ならば」
その気があるとは、これっぽっちも思っていなかったが。
「フフッ……」
ここで何故かシエリが微笑んだ。
どことなく嬉しそうで、それでいて子供っぽい笑み。
それ自体はシエリがときどき見せていたものだが、現在の意図はまったく読めない。
……いや、読めないのは今も昔も同じなのだが。
「それで? 聞きたいことは何もないわけ?」
「そうだな……最近は活動を休んでいて、
「ああ、それね。『はじまりの旅団』が休んでたのは、あたしが引き篭もってたからよ」
シエリが引き篭もっていただと? 何故だ。
いや、あのときのシエリは酷く取り乱して泣いていた。
つまり、俺のせいか?
「そうか……すまなかった」
俺に謝られたシエリはポカーンとしてした。
「どうしたんだ?」
「……ううん、ちょっと驚いただけよ。まさか謝られるとは思ってなかったから」
心外だ。
シエリを泣かせてしまったことについては全面的に反省している。
俺の心ない一言が彼女を傷つけてしまったのは紛れもない事実だ。
自分の非は明らかなのだから、謝るのが筋というものだろう。
「えっと、なんの話だっけ。ああ、そうそう。第一支部を抜けたのはね、あたしも後から聞いたのよ。正直びっくりしたけど……セクハラ発言ばっかしてたクソ支部長が逮捕されたみたいだし、結果的に大正解だったんじゃないかしら?」
「そういうことだったか。第七支部では解散したという噂も聞いたから、一体どうしているのかと思ってたぞ」
「そんな話まで出てたのね。だったら、あたしも早いところ活動を再開しないといけないわ。今日ここに来たのも、そのためなんだし」
「どういう意味だ?」
「そろそろ本題に入るわね」
シエリがワイングラスを静かに置いた。
改めて俺のことをジッと見つめてくる。
「出て行けって言ったことは撤回する。『はじまりの旅団』に戻ってきて」
「ふざけたこと言わないでっ!!」
俺が返事をする前にウィスリーが立ち上がって叫んだ。
「自分たちの都合で追い出しておいて勝手だよ! 勝手すぎるよ! ご主人さまがどれだけ苦しんだか知らないくせにっ!!」
こんなに怒ったウィスリーは初めて見たので、驚いて何も言えなくなってしまった。
しかしシエリは至極冷静に、今も興奮しているウィスリーに目を向ける。
「……ずっと気になってたんだけど。この子、誰?」
「俺の新しい仲間だ」
実のところウィスリーは最初から同席していたのだが、シエリは最初に
暗に退席しろと合図していたのかもしれないが、ウィスリーは
「フーン……」
初めて興味が湧いたのか、シエリがウィスリーのことをジロジロと眺める。
そして一言。
「さすがね、アーカンソー」
何が?
「それで、返事は?」
えっ、この流れでもう答えろと?
「……それは、命令か?」
もちろん王族としての命令なのかという問いだ。
「いいえ。あくまで、あたし個人からのお願いよ」
元仲間としての頼み、というわけか。
いや、どちらにしても――
「……断る」
「理由を聞いてもいいかしら?」
シエリに気分を害した様子はない。
完全に予想していたような顔だ。
「もし謝罪してほしいなら、いくらでもするつもりよ」
シエリのこの発言には、かなり驚いた。
彼女は間違っても素直に『謝罪』をするような性格ではなかったからだ。
とはいえ……。
「別に謝罪してもらいたいわけではない」
「じゃあ、なんなのかしら?」
「俺はきっと、同じ過ちを繰り返す。未だに追放された理由が理解できていないからな」
「それが何?」
俺にとって非常に大きな問題を、シエリは本当になんでもないとばかりに一蹴した。
「あたしは、あたしの理由で……あたしの感情で、アンタの顔を二度と見たくないと言った。でも、そんなのアンタが気に病む必要ないでしょ? だって、あたしの都合で連れ戻したいんだもの。あたしが黙ってアンタのいいところも悪いところもを受け入れればいいだけ。だから、今までどおりのアンタでいいのよ。それでも……ダメなのかしら?」
……なんだ、それは。
つまり、俺の悪い部分については耐え忍ぶということではないか。
そんなのは――
「……俺が嫌なんだ。だから――」
「わかったわ。また来る」
俺の返事をすべて聞き終える前にシエリは席を立った。
「……何故だ? いったい何があった」
正直、頭の中は混乱しっぱなしだ。
だから、そのまま出て行こうとするシエリの背中に声をかけるのが精いっぱいだった。
「別に何も。でも、そうね。ただ単に、現実を受け入れたってだけ」
最後まで振り返ることなく、今度こそシエリは十三支部の酒場を去っていった。
「……あの人、強いね」
それだけ呟いたウィスリーは、どことなく悔しそうに下唇を噛んでいた。
「ああ。シエリは俺が知る限りにおいて、最強の魔法使いだ」
魔法学院を首席で卒業し、王国最強の魔法使いの名をほしいままにした才媛。
こと大魔法の
「……そういう意味じゃないんだけどな」
「ん? 何か言ったか?」
「なんでもなーい」
「?」
何故かウィスリーは拗ねた顔のまま、そっぽを向いてしまうのだった。
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