第36話 お召し替え

 いろいろ考えた末に、俺は衣装の調達に出かけた。

 より賢者らしい装いになるためだ。


「服選び、あちしがばっちり手伝うよ!」

「お召し替えですね! この不肖メルルめにお任せください!」


 ウィスリーはもちろんのこと、お昼のピークタイムが終わって夜まで休憩だというメルルも同行してくれた。

 やけに鼻息が荒いのが気にはなるが……。


「ふたりともありがとう。俺はどうにも服飾には疎くてな。力を貸してもらえると助かる。ところで……今の恰好も充分に賢者らしいと思うのだが、やはり駄目だろうか?」

「ダメ!」

「今のご主人様は、どこからどう見ても暗黒魔導士にございます」

「そ、そうか……」


 ウィスリーばかりかメルルにまできっぱり言い切られると、さすがに肩を落とすしかない。

 落ち込む俺をボーッと見上げていたウィスリーが「あっ」と何かを思い出したように声をあげた。


「ねーちゃ、耳貸して!」

「なに? 急に……」


 ウィスリーとメルルがコソコソと内緒話をし始めた。

 知覚力を上げる魔法で聞き取るのは簡単だが、姉妹のプライバシーを侵害するのは間違いなく『人の心』がない行為だ。

 その程度は俺にもわかる。


「あっ、えっとね、ご主人さま! 今のカッコーもすっごくかっこいいと思うよ!」

「ほ、本当か?」

「は、はい! よくお似合いにございます!」


 若干取り繕うようなニュアンスも感じるが、それでもふたりが気遣ってくれているのを無下にはできまい。


「そ、そうか! いやあ、そうだろう! クククク……!」


 内心とは裏腹に自然と笑みが浮かんでしまった。

 なるほど。こういうのは世辞とわかっていても嬉しいものなのだな。


「ご主人さまの笑い方って『あんこくまどーし』だよね……」

「そうね。完全に暗黒魔導士ね……」


 うん。

 ふたりのつぶやきは聞こえなかったことにしよう。



 ◇ ◇ ◇



 我々が訪ねた店は、冒険者が身に着ける装飾品なども取り扱う雑貨屋だった。

 服のバリエーションなんてそこまで多くないはずだし、衣装選びにそれほど時間はかからないと踏んでいたのだが。


「ご主人さま、これ着てみて!」

「こちらもどうぞ!」


 ウィスリーとメルルがすっかりテンションを爆上げさせて、次々に衣装を持ってくる。

 結果、俺はふたりの着せ替え人形にされていた。


「いったい、あと何回試着すればいいんだ……?」


 彼女たちが持ち込む衣装の中には、あきらかに戦士が身に着けるような装備まで含まれている。

 賢者らしい恰好という当初の目的はどこかに行ってしまったのだろうか?


 ちなみにメルルが試着室に入りたがっていたが、さすがに断った。

 店員の目もあるし、男女が狭い空間にいっしょに入るのは公序良俗に反するはずだ。


「どうだ?」

「ご主人さま、すっごくかっこいー!」

「とってもお似合いですよ!」


 もう何回目になるかわからない装備のお披露目なのに、どうしてふたりともこんなに楽しそうなんだ……?

 いや、ふたりが喜んでくれるからと付き合ってしまっている俺も俺なのだが。


「ってゆーか、どっからどー見ても賢者さまだよ!」

「何……?」


 ウィスリーの感想を受け、改めて鏡に映った自分の姿を確認する。


「これが賢者らしい恰好だというのか……?」


 白を基調としたフードにローブ。やや仰々しいように思える装飾品の数々……。

 うむ。どう考えても俺の趣味ではない。

 自分ひとりなら絶対しないチョイスだ。


「メルルもそう思うのか?」

「は、はい。まさかこれほど見違えるとは思いませんでした……」


 世辞を言っているようには見えない。

 つまり、少なくともふたりから見た賢者らしい恰好だということになる。

 多数決で二対一。この場合、俺個人の主観は切って捨てるべきだろう。


「だが、どうにも落ち着かないな。派手過ぎというか、悪目立ちするのではないか?」

「ちょっとの間の『しんぼー』だよ!」

「むしろ、ご主人様と別人の印象を与えるという目的には合っているかと」

「そうか……そうだな。では、この衣装で決定としよう」

「やったね、ねーちゃ!」

「ええ!」


 成果が出たのが嬉しかったらしく姉妹が仲良くハイタッチした。

 背丈の差がかなりあるのでウィスリーがジャンプし、メルルは屈んでいたが。



 ◇ ◇ ◇



 俺たちは衣装を購入して、雑貨屋を出たのだが。


「む?」


 ふと、外の露店に陳列されている物が気になって足を止めた。


「ご主人さま、どーしたの?」

「あの露店……ちょっと見てくる」


 ふたりの返事も待たずに俺は駆け出していた。

 露店に到着すると同時に、その商品を手に取る。

 同時に頭の中に雷が落ちたんじゃないかと思えるぐらいの衝撃を覚えた。


「こ……これだ!」


 俺が手に取った商品は、仮面だ。

 人間味も表情も読み取れない無機質な仮面。


 いや、だからこそいい。

 まさしく運命の出会いだ!


「ご、ご主人様……まさかとは思いますが、そちらの怪しい仮面を購入されるおつもりですか?」


 追い付いてきたメルルが不安そうに声をかけてくる。


「怪しい? いや、そんなことはないだろう。この如何にもいわくつきといった雰囲気……まさに謎めいた賢者らしくはないか?」

「し、しかし――」


 何かを言いかけたメルルが後ろを振り向く。

 ウィスリーが自分の服の袖をを引っ張っていたからだ。

 姉に向かって無言で首を横に振ってから、ウィスリーは俺の目を見てこう言った。


「つけてみて、ご主人さま」

「うむ」


 露天商に許可を取ってから仮面をつけてみる。

 視界は一気に悪くなったが、冒険中は魔法を併用するからさほど問題にはならないだろう。


「ど、どうだ?」


 はたして姉妹の評価は――


「ん。ご主人さまらしーかな!」


 ウィスリーが元気よく答える。


「そ、そうですね。一気に普段のご主人様らしさが増したかと思います」


 若干頬を引きつらせながらメルルが笑みを浮かべた。


「そうか」


 ふたりの返事を聞いて、俺の意は決した。

 露天商を振り返る。


「これを買おう。いくらだ?」


 ふたりの選んでくれた衣装と、俺の選んだ仮面。

 ククク……これで『賢者アーカンソー』の完成というわけだな!

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