第27話 ピクニック
そのままぽん、とメルルの肩を叩く。
「ご、ご主人様?」
「明日から着替えを手伝ってもらえるか?」
「い、いいんですか? ありがとうございます!」
喜色満面の笑みを浮かべるメルルに、俺はぴんと指を立ててみせた。
「その代わり、ウィスリーと交代でな」
「えっ? ですが、あの子はお召し替えの訓練をサボっておりましたから……」
「それなら君が教えてやってくれ」
俺とて毎朝のようにメルルに着替えを手伝われては気が滅入ってしまう。
なんならウィスリーが当番のときは話し相手としていてもらって、俺が自分で着替えればいいんだしな。
「そうですか。アーカンソー様がそれでよろしいのでしたら……」
何故かポッと頬を染めているメルルに嫌な予感を覚えたが、気付かなかったことにした。
「と、とにかく支度をするとしよう。ウィスリーを待たせるわけにもいくまい」
昼過ぎからバタバタしてしまったが、今日は冒険稼業を休んでピクニックなのだ。
ゆっくり羽根を伸ばすとしようじゃないか。
◇ ◇ ◇
俺たちは王都を離れ、緑の原野を歩いている。
「ふぃーっ! 結構歩いたね!」
ウィスリーが額の汗を拭いながら空を見上げた。
「そうね。王都からはだいぶ離れたかしら?」
メルルも日差しを気にしながら妹を気遣って水筒を手渡す。
「ありがと、ねーちゃ。んぐんぐ!」
「そんなに慌てて飲んだら咳き込むわよ」
「けほけほっ!」
「ほら、言ってるそばから……」
メルルが水でむせてしまったウィスリーの顔を拭いてあげている。
なんとも微笑ましい光景だ。
「ご主人さま、疲れた? そろそろ休む?」
足を止めていた俺に気づいたウィスリーが小首を傾げた。
「いや、俺なら大丈夫だ。ウィスリーこそ平気か?」
「うん! まだまだ元気!」
ウィスリーが小さな力こぶを作った。
あんなかわいらしい細腕で自分の背丈より大きな武器を振るうのだから、竜人族はつくづく見た目では判断できない。
「あまり無理をなさらないでくださいね、アーカンソー様」
「本当に問題ない。それなりに鍛えているからな」
メルルも心配してくれるが、本当に強がりではない。
これぐらいの距離ならダンジョンに篭もっていれば当たり前のように歩くのだし。
「とはいえ、ここまでくれば充分か。あそこの丘がちょうどいいのではないか?」
「さんせー!」
ウィスリーが
メルルも頷く。
「では、一足先に向かって支度して参ります」
「いやいや。仕事ではないのだから、みんなでのんびり向かおう」
「そ、そうですか?」
メルルがちょっぴり残念そうな顔をする。
「見て見てご主人さま! あちしたちがいた街、あんなにちっちゃい!」
丘のてっぺんに着くと、ウィスリーがはしゃぎながら王都のほうを指差した。
「本当だ。思いのほか、いいスポットだったな」
できるだけ人目を避けたかったから街道から外れた悪路を選んでみたが、どうやら正解だったらしい。
「ご主人さま、お腹減った! あちし、お弁当食べたい!」
ウィスリーが空腹をアピールする。
「コラッ! 主人と仰ぐお方になんて口の利き方を……!」
メルルが慌てて注意した。
「いいんだ。ウィスリーには許している」
「しかし、これでは示しというものが……」
「ここは君たちのいたお屋敷ではないのだから、そう固いことは言わないでいい」
「は、はい」
なんとなくわかってきたが、メルルは暴走しやすい自分をルールで律するタイプのようだ。
なんとなくシンパシーを感じてしまう。
「では、このあたりで弁当にしようか」
「そうですね。あの
少し緊張の混じった声でメルルが確認してくる。
「では、メルルの言うとおりにしよう」
俺の返事を聞いたメルルがホッとしていた。
また自分の提案が退けられるのではと不安だったのだろうか。
「ウィスリー。木陰にシートを敷いてきてもらえるか?」
「あーい!」
ウィスリーが元気のいい返事とともに木陰へ走っていくとメルルは驚いていた。
「あの子、やっぱりアーカンソー様の言うことなら素直に聞くんですね……」
小さく口を尖らせるメルルが
こう言ってはなんだが、メルルの表情がウィスリーみたくコロコロ変わって面白い。
やっぱり姉妹なんだなと思わされる。
「その口ぶりだと、自分の言うことは聞いてくれないと言いたそうだな」
「それはもう! 私だけじゃなくて、誰の言うことも……あっ、失礼しました!」
「いいさ。俺が聞いたんだからな」
木陰でバックパックからシートを取り出しているウィスリーを眺めながら、メルルに語りかけた。
「俺もあまり口のうまいほうではない。だから、どう言えば伝わるかわからないんだが……いいと思った提案なら普通に受け入れるし、もっといい考えがあると思ったら我を通そうとするんじゃないだろうか。たぶん、ウィスリーだけじゃなくて誰でもそうだ」
「理屈としてはわかりますが……」
「俺は君とウィスリーが仲良くしているのを見ていると、とてもリラックスできる。今後もそうしてもらえると嬉しい」
そう言って、俺はウィスリーのほうを見た。
シートが風でバサバサになってしまい、敷くのに手こずっている。
メルルはしばらく首を傾げていたが、俺の意図に気づいてハッとした。
「……あ、あの子を手伝ってきてもよろしいでしょうか?」
「ああ、もちろん。頼むよ」
メルルは笑顔で頷いてから、ウィスリーのところに向かった。
ふたりが笑い合ってシートを敷いているのを眺めながら
「……ああ、そうか。俺は――」
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