第25話 姉妹
「それは――」
「悪いが、ウィスリーを手放すつもりはないぞ」
きっぱりと言い切った。
メルルが少し驚いているが、構うことなく話を続ける。
「あの子は呪いで人の姿に戻れず、とても苦しんでいるようだった。話を聞けば、本人の望まぬ奉仕作業を強要されていたというではないか。そんな環境にウィスリーを戻すつもりは毛頭ない」
「……ですが、ご迷惑ではないですか?」
「とんでもない。追放前のことは知らないが、今のウィスリーは実によくやってくれている。素直に言うことも聞いてくれるしな」
「それが本当に信じられないのです。言って従う子ではなかったので……」
俺にはメルルの言うことのほうが逆に信じられなかった。
ウィスリーは気の乗らない言いつけに嫌な顔をすることはあっても、必ず従ってくれている。
「それに、わかるのだ。自分の拠り所を追放されたら、どんな気持ちになるか。痛いほどにな……」
俺が遠い目をしていると、何かを察したようにメルルが頷いた。
「かしこまりました。そういうことでしたら、私が反対する理由はありません。そもそも……実を言うと、私はウィスリーを一族に連れ戻すために追っていたのではないのです」
「そうだったのか?」
「はい。自分の呪いを解いた者に忠誠を誓うのが、もともと一族の掟ですし。今更ウィスリーが一族に戻れるはずもないでしょうから」
「では、何のために?」
「私がこの子を追いかけたのは、あらゆる害意から守るため。そのためにすべてを捨ててきました」
妹のために、大切な居場所を振り切ってきたというのか。
生半可な覚悟でできることではないな。
「ですから、あの子が望まぬ主人に仕えることになったのなら、掟を破ってでも取り戻すつもりだったのです」
「そうか。竜化できない呪いと言っていたが、君も一族を……」
「自ら抜けて参りました。竜化禁止は一族を抜ける条件として課された制約です」
「なるほどな」
メルルは罰を受けたわけではないから、外の世界で人として生きていくことを許されていたわけか。
「それで、これは提案なのですが……私も貴方様のしもべにしてくださいませんか?」
「何……?」
「我ら一族はもともとの主人を失って以来、自分より強い存在に仕えるために奉仕修行をしてきました。ですから、貴方様がメイド長の制約の呪いを解くことができるのなら……私も喜んでお仕え致します」
なんとなく話が見えてきた。
もともとメルルやウィスリーの一族たちは偉大な存在に仕えていたが、主人はもういない。
だから、いずれ現れるであろう自分以上の強者に仕えるために奉仕修行を続けていた……というわけか。
そのあたりはどうにもよくわからない価値観だが、仕えることを本人が望んでいるというなら是非もない。
俺がウィスリーを手放さないと断言した以上、どっちみち近くで過ごすことになるだろうし……何より姉がそばにいるほうがウィスリーも喜ぶだろう。
「ふむ。では失敬……」
ウィスリーのときと同じように
「ウィスリーほど強い呪いではないな。これならすぐにでも解ける」
「えっ、本当ですか?」
「やってみてもいいか?」
メルルに確認を取ると、彼女は何の迷いもなく頷いた。
だから俺も指を鳴らして解呪をおこなう。
「解けた」
「ほ、本当に今の一瞬で制約が?」
口に手をあてて驚くメルル。
「信じられないのなら、ここでは無理だから後で変身を試してみるといい。どうせ今日は冒険者稼業を休もうと思っていたからな」
「むにゃむにゃ……」
おや、ちょうどウィスリーもお目覚めのようだ。
「ふえっ! ご主人さま、起きてて大丈夫なのっ!?」
ウィスリーは俺を見るなりびっくりして飛び起きた。
看病のご褒美に頭を撫でてやる。
「うむ。心配をかけてすまなかった。おかげさまで体調はだいぶ良くなったぞ」
「それはどういたしましてだけど、休まなきゃダメだよ!」
「わかっている。だから、夜が明けたら王都の外へピクニックにでも出かけようと思うんだが、どうだ」
「行くー!」
ウィスリーが元気よく即答した。
「まあ、いいですね! 王都の外には危険な野生動物やモンスターも
「ああ。むしろちょうどいいリフレッシュになるだろう」
俺とメルルのやりとりを不思議そうに見ていたウィスリーが、にぱっと笑った。
「ご主人さまとねーちゃ、仲直りできたんだね! よかったー」
「ええ。これからは三人みんな一緒ですよ」
「うん!」
ふたりとも、とっても幸せそうな笑みを浮かべている。
こんな光景を近くで見られる俺も運がいい。
それにしても美人のドラゴンメイド姉妹と同伴か。
普通の冒険者の暮らしとは、また違った
「フッ……これもこれでいいものだな」
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