14 普通

 まあ、釣れなきゃなんの意味もないよね。

 初めてゾイレエンジの魚を見た夜、我々は村の食堂で反省会を開いた。

「いるのは解った。釣ろう。釣れ。釣って下さい」

 たもっちゃんはふて腐れ、木のゴブレット片手にテーブルに頭を載せている。完全に酔い潰れたオヤジでしかない。ちなみに、ゴブレットの中身は水だ。

「私、根性論とか嫌いだなー」

「何でリコだけアタリくるんだよぅ」

 そんなことは知らん。だが、気持ちは解らなくはない。目の前で腐っているのは、十日以上釣り糸を垂らしてピクリともアタリのこなかった男だ。おもしろくはないだろう。

 それに対して、私が任された釣り竿にはあのあとも何度か反応があった。

 残念ながら釣り上げてはいないが、あの巨体だ。力も強い。暴れられると、一人ではどうしようもない。

 竿ごと湖に引きずり込まれそうになるのを、毎回止めてくれたのはテオだった。そうでなければ、今日だけで私は何度か溶けている。

「釣りでなければいけないのか?」

 そんな疑問を投げたのは、恩人であり斬新な着眼点でおなじみのテオだ。

 受けた依頼はゾイレエンジの魚の捕獲。確かに、捕獲方法に制限はない。

「例えば、魔法を使うのは? 水中に電撃を放つとか」

「電気ショック漁法」

「禁止漁法は人として」

 異世界でも禁止がどうかは知らないが。

「もっと狭い水場か、魚の場所が大まかにでも解っていれば可能でしょうが……」

 ゾイレエンジの湖ほど広さがあると、当てずっぽうに電流を流しても効果は薄い。発生場所から離れるほどに電撃の威力は拡散するし、湖全体に及ぶ規模でこの漁法を行うと全ての魚を駆逐しかねない。

 レイニーのマジレスを要約すると、こんな感じだ。

 それは、ダメだなあ。

 魚がいなければ、冒険者はこない。冒険者がこなければ、村の収入が打撃を受ける。魚が絶滅でもしたら、結局は村の死活問題だ。

 魔法で眠らせる。モーゼのように湖を割る。などの案も出たが、だから魚がどこにいるか解んねえんだよ。の一言で次々に暗礁へ乗り上げた。我々はもはや上陸している。

「あの」

 控えめに、遠慮がちな声がした。私たち四人が、一歩も進まない話し合いに飽きてきた頃のことだ。

 声のほうへと顔を向けると、女が一人立っていた。同じ宿に泊まる冒険者だろう。

 離れた場所からパーティの仲間に見守られ、彼女は私たちに近付いた。その顔が、追い詰められた人間のそれだ。彼女は意を決したように、勢いを付けて頭を下げる。

「冒険者がこんな事、頼むなんて情けない。解ってるんだ。でも、教えて欲しい。どうやったら、魚が釣れる?」

「いや、釣れてないですよ」

 姿を見たのも最初のアタリ一回だけで、あとは私を引きずり回して釣り針の魔力だけを持って行った。

「それでも、魚が姿を見せたのはアンタ達の所だけだ」

 なにかコツがあるのなら、教えて欲しい。商売敵に教える義理なんてないだろうが、このままじゃ無一文で逃げ出すことになってしまう。

「頼むよ……」

 弱々しく言って、彼女は再び頭を下げた。その後ろで、仲間の一人が不機嫌そうに鼻からふんっと息を吐く。

「頭なんか下げんなよ! コツなんかいらねえ。オレが今に釣ってやる!」

 それで察した。私には解る。あいつがパーティの金を溶かしていると。

 深い同情が止まらない。わかる。夢しか見ない男って、なんのアテにもならないよな。わかる、わかるぞ。

 できるなら教えてあげたいが、コツなんてものはない。あるならとっくに、夢見るたもっちゃんに伝授している。

「悪いけど……ほんと、解らないんですよ。釣りとかどうでもいいから、早く帰って寝たいなーって思ってたくらいなんで。多分、偶然なんだと思います」

「帰って、寝たい……?」

 目を見開いて、冒険者の女は信じられないと言うように私を見詰めた。

 しかし、この返事に文句を付けたのは彼女ではなく身内だった。

「全然役に立たねー」

 密かに期待していたらしい。たもっちゃんはテーブルに額をくっつけて、絶望したとばかりに力なくうめいた。


 翌日、我々はほかの冒険者パーティと同様に釣り具をたずさえ湖に向かった。

 結局ね、先人たちがなにも試さなかった訳はないんだよ。村の人に聞いてみたら色々試した奴らはいたが、大体が湖の水で溶けていたそうだ。生死までは聞いてない。

 その恐ろしい話で、我々は決めた。

 普通に。そう、普通に行こう。道具はあるんだ。普通に釣ろうぜ。安全第一。溶けるのは嫌だ。

 そう思っていた時期が、私たちにもありました。

 時刻は夕暮れ。白いはずの湖畔の砂利は、夕焼けでオレンジ色に染まって見えた。その砂利の上には、でっぷりとした腹をさらした二匹のゾイレエンジの魚が並べられている。

 なんだかんだで、釣った。いや……釣ったような、釣ってないような。

 今はぐいぐい引かれる釣り竿をにぎり、三匹目と格闘中だ。

「タモツ! くるぞ!」

 引きずられそうな私をかばい、釣り竿を押さえながらテオが叫んだ。

 ぎりぎりと強く引かれる糸の先で、湖面がぶくりと盛り上がる。そして膨れた水の表面が内側から破られて、弾けるように巨大な魚が飛び出した。

「障壁!」

 たもっちゃんの声がして、魚と水面を隔てる位置に床状の障壁が展開される。そのため魚は湖に戻れず、ぼてりと落ちた障壁の上で巨体を持て余して重たく暴れた。

「確保ー!」

 雨具姿のたもっちゃんが、障壁の床を張り切って走る。触る前に魔法の雨で魚を洗い、冒険者ギルドの初心者ナイフでさくりと刺して手早く仕留めた。

 さすが料理人。魚のしめかたをよく知っている。

 日中はアタリもなにも全くなくて、ものすごくヒマだった。その状況が一変したのは夕方だ。もういいかげん帰りたいと思っていると、いきなりガンガン引きがきた。

 男子たちはどうも、魚が飛び出してきた時の対策を話し合っていたようだ。暴れ回る巨大魚を、まともに釣り上げるのは難しい。だが障壁魔法でまな板の上の魔魚にすることで、拍子抜けするほど手際よく仕留めた。

 普通に釣ろうって、言ってたじゃん……。別にいいけど。いいんだけども。少なくとも、釣りではなくなっているような気がする。

 獲れた魚は三匹だ。ゾイレエンジの魚は大きい。小太りのおっさん三匹である。私たちだけでは手に余り、釣り上げた魔魚にわくわくしている冒険者たちの手を借りて運んだ。

 村は、どんちゃん騒ぎになった。

「お嬢ちゃんたち、やったなあ!」

 ばしばしと背中を叩いてくるのは道具屋の店主だ。これで新しい道具が作れると、かなりテンションを上げている。なぜ私を叩くのかは解らない。

 捕獲してきた三匹の魔魚は、村人総出でさばかれた。皮や骨は素材になるが、身の部分はおいしくいただく。運ぶのを手伝ってくれたからと、滞在する冒険者たちにも振る舞われた。

 ゾイレエンジの魚は白身で、淡泊だが臭みもなくおいしかった。魚の蒸し焼きは塩気が絶妙で、近くに海のないこの村では奮発した料理に違いない。

 と思ったら、そうでもなかった。秘密は蒸し焼きの魚にくっ付いた、ぼってりと厚みのある葉っぱ。これが塩気を持っていて、一緒に調理するといい味付けになるそうだ。

「へー! 知らなかった。覚えとこ」

 やはり料理の話は興味があるのか、たもっちゃんが感心している。謎塩草があるとは、私も知らなかった。生えてるのを見付けたら、少し採集しておこう。

 いつもは冒険者だけの食堂も、今夜は上機嫌の村人がまざって騒がしい。がやがやと浮付いた空気の中で、やけに真剣な顔をした女がいつの間にか私の目の前にいた。

「一日で三匹も釣るなんて、凄いじゃないか」

 それは昨夜、私に頭を下げてきた冒険者だった。これは、あれかな。やっぱりコツがあるんだろうとか、問い詰められるパターンのやつかな。と、反射的に身構えた。私は心が汚れているので。

 だが、彼女がたずねたのは別のことだ。

「今日、釣れた時は何を考えていた?」

「釣れた時ですか……? えー。もう夕方だったから、そろそろ帰りたいなって思ってましたかね。多分」

「……そうか、解った。アタシも、アンタに負けないように頑張るよ」

 強い決意をただよわせ、女はきりりとうなずいて見せた。翌日のことだ。彼女はパーティの仲間を監禁した。

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