05 冒険者
「うわ」
思わず草をかき分ける手が止まり、無意識に呟くような声が出た。
あれね。ぎゃー、恐い! とかじゃないけど、じわじわ嫌なのね。
ダンジョンの中でもさもさ生える草に隠れて、横たわっているのは冒険者の装備を持った人骨だ。
これですでに四体目です。本当にありがとうございます。
クラインティアのダンジョンは、全部で十階層。地下に向かって下りて行くほどレベルが上がる。
一、二階は初心者向けで、出てくるモンスターは静電気を出す電気ウサギの姿をしている。倒すと、額の魔石をドロップする。
モンスターは同じだが、二階は一階よりも難易度が上がる。モンスターの種類は違うが、八階まではこのパターンの繰り返しだ。
初級の三階四階はモグラっぽいモンスターで、穴を掘って冒険者を罠に掛ける。ビートが思っくそ引っ掛かったあれだ。
モグラは頑丈な爪で攻撃してくるが、ドロップ品もこの爪だ。この階層はモンスターがぼこぼこに地面を掘ってしまうので、草があまり生えてなかった。爪モグラは許さない。
中級になる五階六階は、ニワトリに似た謎鳥。サイズが柴犬くらいあって戸惑う。
頭の残像を残すレベルの高速で、クチバシを繰り出し突いてくる。かぎ爪を持った足での回し蹴りにも注意が必要だ。
胃の中の魔石と、トサカをドロップする。なんの素材になるのかは知らない。この五階六階はよく草がしげっていて、なかなか好ましかった。
たもっちゃんとレイニーは謎鳥をガンガン狩って、テオをおどろかせた。こんなに動けるとは思わなかったようだ。
「てっきり駆け出しだと思っていたが……これなら、いいところまで行くかも知れないな」
そう言うテオもさすがに強い。彼は、軽くなでるかのように次々とモンスターを両断した。
腰に下げた西洋剣は彼の髪色に似た刀身をなめらかに輝かせ、剣の柄には細い針金で編んだ飾り紐が付いていた。とある名匠による作品で、そのままでもよく切れるが魔力を込めるともっと切れる。
鞘に納めた剣の柄に腕を載せ、休憩しながらそんなことを教えてくれた。
七階八階は上級向け。
そう聞いていたが、この辺りから様子が変わった。主に私の。
草を採集していると、ちょくちょく人骨が見付かるようになったのだ。
「なぜなの」
「おっ、また見付けた?」
毒を吐く蛇を相手にしながら、たもっちゃんが大漁だね! みたいに言う。
「どうせなら宝箱がいい」
納得できないものに歯をキリキリさせていると、剣を収めたテオがよってきた。
「順調だな。こんなに成果があるとは」
「……成果って、なんだっけ」
テオが骨と装備を確認するのを待って、発見した人骨をアイテムボックスの中に収める。
アイテムボックスのことは、隠そうと言ったな。あれは嘘だ。
いや、嘘じゃない。でもバレた。人骨一体目で、うっかりバレた。失敗したのだ。
て言うかね、聞いて。違うんだよ。なんかね、ダンジョンで見付けた遺骸は地上に連れ帰るって暗黙のルールがあるらしいの。
もちろんそれも、発見者に余力があればの話だ。だから階層が深くなり難易度が上がるほど、遺骸の回収率は反比例して下がって行く。上級者向けのフロアに入った途端、人骨を連続して見付けたのはそのせいだ。
最初の遺骸を見付けた時、テオはわずかに動揺を見せた。
「こんな所で……」
彼は呟き、遺体のそばに片膝を突いた。自分の唇と額に手の甲で軽く触れ、返した手の平で胸を押さえて頭を垂れる。
――それは、きっと祈りだった。
「……残念だが、このままにして行こう」
思い切るように立ち上がり、彼は明らかに不本意な言葉を口にした。
「残して行くのは忍びないが、ここで引き返すのは惜しい。お前たちなら、ダンジョンボスまでたどり着くだろう。遺骸をかかえて進む訳にも行かないしな」
勝手に付いてきたのはおれだ。邪魔はしたくない。気にするな。
とか、言うんですよ。
唇を固く引き結び、灰色の目を寂しげに伏せて。めちゃくちゃ未練がましく言うんですよ、奥さん。
「んんんん~!」
私は目と口をぎゅっと閉じ、ダンジョン内部の天井を仰いだ。ほとんど同時に、たもっちゃんとレイニーまで同じことをしていた。
アイテムボックスのことは隠したほうがいいっす~。と言うビートの幻聴を振り払い、三人でうなずき合った。仕方ない。これは仕方ない。人として。
「あの……私、運びますんで。連れて行きましょう」
私はテオに言うと、冒険者の骨を装備ごとアイテムボックスに収納した。
テオはひどくおどろいていた。事情を明かされたのは、そのあとのことだ。
「ダンジョンで命を落とし、そのまま残された冒険者のためにギルドは定期的に遺体の捜索と回収の依頼を出す。おれがクラインティアにきたのは、その依頼を受けるためだ」
ん?
私たちは、一様に首をかしげた。理解できない訳ではない。ただ……なんかそれ、思ってたのと大幅に違う。
ギルドからの依頼には、まだ期限まで余裕がある。今は遺骸を運ぶ人員を募集しているところで、また改めて出直すつもりだった。今日は下見にでもなればいいかと、私たちに付き合っていた。
そこまで語ったところで、ふと、彼は剣を抜いてさっと駆けた。ほとんど同時に草むらから飛び出した蛇を、テオのなめらかな剣が鋭く切り裂く。
剣を納めたテオは、ドロップアイテムの毒牙を拾って私の手に載せながら言った。
「遺骸は今日回収するつもりではなかったが……。アイテムボックスか。便利なものだな」
どこかほっとした表情のテオを見ながら、私たちはやっと思った。
それ先に言えや、と。
「依頼かよ!」
「失敗した! なんとなくで同情するんじゃなかった! 失敗した!」
「わたくし、誤解を招く思わせぶりな態度はいけないと思います」
たもっちゃんがキレ気味に叫び、私がわめき立て、レイニーが静かに詰めよった。
「す、すまん」
急に騒ぎ出した三人に、テオが訳も解らず謝っていた。
その後は、開き直った。バレたものを隠しても遅い。ぽこぽこ出てくる骨をアイテムボックスで運びつつ、荒ぶる気持ちを草にぶつけて先に進んだ。
四体目の遺骸を回収してから、草を求めて移動している時のことだ。フロアの隅に、宝箱があった。急激に気分が浮上する。
「わー、宝箱。私初めて」
ほかの人は見付けていたのかも知れないが、私は草しか見てなかったので解らない。制止の声を聞いたのは、宝箱のフタをぱかりと開けるのとほぼ同時だった。
「待て!」
「え?」
その時にはもうすでに、開いた箱から見るからにヤバい色の霧がふき出していた。まともに浴びて、若干むせる。
「リコ!」
「これは……離れろ!」
袖で口元を押さえたテオが、くぐもった声で指示を飛ばす。それと同時に誰かが私の服を乱暴につかみ、背後に向かって引き倒した。
「毒か? 意識は?」
「リコ、大丈夫か? リコ!」
「リコさん、ごめんなさい。服が少し破れました」
男子たちがあせる横で、レイニーの心配がずれている。意外だが、この口ぶりだと私を引き倒したのは彼女だろう。
むくりと上半身を起こし、そのまま少し考えてみる。ノドがちょっとイガイガするが、ほかに調子が悪いと言う感じはしない。
「なんか、平気みたい」
「マジか……」
「毒ではなかったのか?」
「脇の所だから、余り目立たないかしら」
レイニーはやはり、私よりも服の破れを心配していた。
宝箱には罠が仕掛けられているものがあり、宝箱自体が罠であることもある。開ける時には、充分気を付けるように。
私が大丈夫そうだと解ると、上級者向けのフロアにきてからの遅すぎる注意を受けた。
大事なことは、もっと早く言って欲しい。
「リコ、本当に何ともないのか?」
たもっちゃんが私を呼び止め、少し声を低めて聞いた。
「大丈夫、なんともないよ。色はヤバそうだったけど、毒じゃなかったみたい」
「いや、毒だよ」
あきれたような、疲れたような。複雑な顔をして、たもっちゃんは軽く問う。
「リコ。お前、ちゃんと死ねるのか?」
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