その2

 その後、海戦に続き、陸戦も始まった。


 ただ、例年とは違って、都市マグロッドの攻防戦ではなかった。


 マグロッドとスヴィア王国の拠点であるヴァーカッグの中間地点である森林地帯での戦闘となっていた。


 つまり、スヴィア領内での戦闘である。


 後に判明した事だが、いつまでも攻めてこないスヴィア王国軍に対して、痺れを切らしたように、帝国軍が攻撃を開始していた。


 それに伴い、援軍であるサリドラン軍がマグロッドへと入城し、その地の防御を固めていた。


 サラサはその報告を聞いた直後に、艦隊を出撃させた。


 向かう先は、マグロッド近海……の筈だった。


「よろしいのですか?出撃命令は出ていないのですよね」

 バンデリックは今更ながらそう聞いてきた。


 出撃時には、静かだが鬼気迫るサラサだったので、聞きそびれていた。


 なので、落ち着いた状態になったので、聞いてみた。


「取りあえず、命令は来ないわよ。

 一応、要請という形になるのよね」

 サラサは少しはぐらかすように言った。


 こういう言い方をするのはかなり珍しい。


 それ故に、バンデリックはサラサが何か迷っているような気になっていた。


「あ、いや、そういう事ではなくて……」

 とは言え、バンデリックもサラサの言葉に反応しない訳には行かなかったので、一応抗議しようとした。


「ああ、分かっているから……」

 サラサはバンデリックが聞きたい事が分かっているようだった。


 付け足しで言うが、作戦行動自体は自由に出来るように、先の作戦会議で決まっていた。


「ならば……」

 バンデリックは自分の聞きたい事を分かっている癖に、はぐらかされているので、恨めしく感じていた。


「今回の出撃は、所謂釣りよ」

 サラサは端的にそう言った。


「今回のスヴィアの戦い方がまるで、誘い込んでいるように感じられる為ですか?」

 バンデリックは現状の報告からそう推察した。


 陸軍は敵領内に引き付けられているような感じがしていた。


 戦闘に向かない森林地帯を、戦闘地域に選んでいる事が妙だ。


 そして、詳細な報告はないが、今頃、海軍の方も引き付けられている事が想像できる。


 そうなると、敵の狙いは例年通りの戦いではなく、そして、マグロッドでもないと思われた。


「よく分かっているじゃないの」

 サラサはそう褒め言葉を言ったが、まるで感情がこもっていなかった。


 これから先の見通しで頭の中が一杯なのだろう。


 ただ、戦いとなると、いつもはウキウキした感じになるのに、今回はやけに冷静だった。


 1個艦隊を預かる身になったので、それは喜ばしい事なのだが、ちょっと寂しい気にもバンデリックはなっていた。


 サラサの方も自分の感情に対する戸惑いを感じていた。


 その戸惑いが、物思いをする時間を増やし、それ故に口数が少なくなっていた。


 戦力外の位置に配置されたにも関わらず、更に、戦闘が始まってもお声が掛からないにも関わらず、戦いの機運は盛り上がっているように感じられていた。


 いつもならその雰囲気に当てられるように気分も盛り上がっていくのだが、結構醒めている自分がそこにいた。


 まあ、良い言い方をすれば、客観視できる自分がそこにいた。


 サラサ自身にとっては喜ばしい事であり、成長した証でもある。


 とは言え、納得できない自分もいたのは確かである。


(なんでこんな事になっているのだか……)

 サラサはモヤモヤした気持ちでいた。


 エリオの戦いぶりが頭の中にさっと思い浮かんできた。


 これまで見た事がない戦いぶりだった。


 今、戦いを目の前にして、何度も考えない訳には行かなかった。


 とは言え、明確に「目の前にして」と感じているのは、サラサのみだけかも知れない。


(戦いは、敵味方の配置、数が重要。

 そして、戦いの流れを適切に読み、臨機応変に対応していく……)

 サラサはエリオの戦いぶりを思い出しながらそう考えていた。


 スワン島沖海戦。


 何度考えても異常だった。


 まあ、たった5隻で相手を翻弄したのだから無理もなかった。


(父上の戦いとはまるで違った……)


 オーマの戦い方は、敵よりいい位置を取り、数的有利を作り、戦いの流れ、つまり、主導権を絶対に渡さない。


 そう言う戦いで、何度も勝利を重ねてきており、ダメな場合は早々に退却していた。


 基本に忠実で、そつのない戦い方である。


 平凡なのだが、これを徹底的に出来る人間は意外なほど少ない。


 分かってはいるが、傲慢、強欲、恐怖などでまともな判断が出来ない状況が出てきてしまうからだ。


 それ故に、オーマは名将として称えられていた。


(しかし、あの状況、どう考えても勝てる状況にはなかった。

 なのに……)

 サラサは自分が負けた訳ではないのに、悔しさが滲み溢れていた。


 何度も考えている内に、慣れても良さそうだが、全くの逆だった。


 とは言え、スワン島沖海戦はリーラン側の勝利ではなかった。


 完全に殲滅される所から何とか逃れられたと言った格好だった。


 それは当のエリオがよく分かっていた。


 まあ、でも、やられた側からして見れば、大勝利が引き分け寸前まで挽回されたので、何とも言えない気持ちになって当然だった。


(配置は最悪、数は劣勢、主導権もハイゼル候が掌握。

 なのに……)

 サラサは苦々しく思っていた。


 サラサは言葉にこそしなかったが、エリオはただの偶然であのよう事を仕出かした訳ではないことは十分に分かっていた。


 戦いは、理論的思考が必要である。


 こう考えるのは、サラサだけではなかった。


 まあ、少数派と言えば、少数派なのだが……。


 そう、あの戦いぶりを見て、サラサが苛つくのは、エリオの戦術的理論、いや、心理的理論、まあ、何でもいいのだが、とにかく、理論的にルドルフを追い詰めた結果だという事だからだ。


 いつの間にか、というか、最初から主導権を握り、敵を有利な位置に誘導して、局地的な数的有利に持ち込み、各個に撃破していく。


 機動性、操船技術、有効射程の長さなど、有利な点はあったものの、それだけではなく、ルドルフがどう動くかが完全に分かっているとしか思えなかった。


 分析するのは簡単だが、それを実行するのは至難の業だと思わざるを得なかった。


(あんなのが、世界に沢山いるのだろうか?)

 サラサがそう思いながら、ある意味、今までの自分を恥じていた。


 戦いに対して、決して傲慢になったつもりはなかったが、どこか、軽く考えていたかも知れなかった。


 戦いに対するワクワク感は依然あり、強敵と戦える喜びもある。


 だが、気を引き締めて戦いに臨む必要性は、今まで以上に持つ羽目になっていた。


「閣下、哨戒網に敵影」

 バンデリックは慌ててサラサの下に走ってきた。


 今度は呼び方を間違わなかったようだ。


「!!!」

 サラサは予想通りの展開になったと感じていた。


 何も言わないサラサにバンデリックは更に戸惑った。


 この先の事を自分が言っていいのかと思ったからだ。


 とは言え、一応続けなくてはならないとも思った。


「このままの進路ですと、敵はマグロッド近海には向かわず、セッフィールド島に到達します」

 バンデリックは何故か自分が追い詰められているような気分になっていた。


「予想通りの展開という訳ね」

 サラサは溜息交じりにようやく口を開いた。


 報告からすると、敵の新手である事は確実だった。


「ふぅ……」

 それを聞いて、バンデリックは同じく溜息交じりに安心していた。


 サラサはそんなバンデリックの事を無視するかのように、視線を海の方へ向けた。


 そして、彼女は彼女で、緊張感が増していくのを感じていた。


 父親から離れて初めての戦いだからと言う訳ではなかった。


 敵に対して、どんな時も油断してはならないという事を思い知ったからだった。


 と同時に、言い知れない怒りのようなものも感じていた。


 このような事態に備えて、フレックスシス大公がサラサをここに配置したのは明白で、大公の掌の上で、踊らされている気がしたからだ。


 とは言え、このまま推移すれば、戦わない訳には行かなかった。


「敵はセッフィールド島へ上陸作戦を敢行してくる。

 それに対して、我々はそれを迎撃する。

 単純明快ね」

 サラサは再びバンデリックの方に向き直ってそう言った。


 ニヤリと笑い、いつものサラサに戻っていた。


 戦い前の高揚感はどうあっても抑えられないらしい。


「了解しました」

 バンデリックはこの時、いつものサラサに戻ったので、とても安心した。

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