その5
太陽暦535年2月末、サラサ艦隊は帝都を出撃した。
歓迎の宴の2日後だった。
結構、早い出立だった。
皇帝にはもう少し滞在するように言われていたが、戦いに来ている以上、戦場に早く向かうべきだとサラサは考えていた。
尤も、それには別の理由の方が大きかったかも知れない。
その要因として、サラサの性別、年齢、容姿などが挙げられる。
まあ、要するに、サラサそのものの存在に対してである。
まずはサラサは女性貴族であり、爵位を有している。
バルディオン王国に限らず、ウサス帝国でも爵位を有している女性貴族は希である。
したがって、それだけで奇異の目で見られる対象になるだろう。
まあ、大概は奇異の目で見られるだけでは済まない。
次に年齢である。
成人したとはいっても、まだまだ小娘と呼ばれるような年齢である。
そのような年齢の者が爵位を有している。
それ以下の者は自ずと嫉妬心が湧いては来るし、同格の者も肯定的に見る者は少ない。
格上でも、秩序というものを考えると、いい気はしない。
そして、容姿である。
これが極み付けなのかも知れない。
銀髪に、赤銅色の瞳、これだけでも異様な容姿である。
鉄仮面で表情は隠されているが、その瞳の輝きまでは覆い隠せてはいなかった。
サラサの容姿は華奢で痩せてはいるが、完全に美少女の部類に入るものである。
だが、それ故に、得体の知れなさが際立ってしまうのかも知れない。
よく言えば、妖精のようとも言えるが、曇った眼の面々にはそうは映らないのだろう。
悪く言えば、異形の者と言った感じだろう。
最後に、やはり、格下の国バルディオン王国から来た事が原因となるのだろう。
そして、その格下の国から、最高位のオーマではなく、格下のサラサが派遣されてきた反発もある。
オーマに言わせれば、格下を送った気は全くなく、むしろ格上を派遣したという気持ちではある。
しかし、そんな事情はウサス帝国の貴族連中は全く知らない事である。
宴の最中、サラサを遠巻きにしながら、近付こうとせずに、ガサガサとずうっとやっていた。
皇帝以外は全く歓迎していなかった。
サラサは慣れているとは言え、そんな環境に長くいる気にもなれないのは無理のない事だった。
そこで、ケイベル侯爵が戦場に向かうのに合わせて、出立したといった感じだった。
ケイベル艦隊とサラサ艦隊は帝都を出撃後、併走して西進を続けた。
そして、それぞれの進路をとり、別れた。
同じ戦場に向かうのだから、このまま同じところへ向かうと思われたが、違っていた。
まあ、事前の打ち合わせどおりなのだが……。
ケイベル艦隊は自らの本拠地である都市アマールへと向かった。
一方、サラサ艦隊は、離島であるセッフィールド島の都市ウェイドンへと向かった。
ある意味、戦力外と見られていた。
帝都での作戦会議で、サラサは自分がどう見られているか、よく分かった。
あからさまに、排除する訳ではなかった。
とは言え、敵意や憎悪を向けてきている訳でもなかった。
どちらかと言うと、サラサの扱いに困っているようだった。
力量が分からない人物を陣営に加えるのは結構勇気がいるものである。
それよりは、後方支援の名の下に、別動隊として働いて貰う方が安心である。
少なくとも、後ろからは攻撃はされないからだ。
サラサも最初から戦力外扱いされているのは分かっていた。
それに全く反論しなかったのは、その方がお互いの為だと感じていたからだ。
戦力外として、別動隊になったお陰で、自由な行動が出来る。
サラサといい、エリオといい、誰かの下で指揮をするのは苦手な人物にとっては最良の方策だった。
性格こそは真逆だが、戦術脳に関しては、2人はよく似ていた。
進路を分かち、ケイベル艦隊が見えなくなると、バンデリックは安心したように溜息をついた。
「これで、やれやれ一息といった所ですかな……」
バンデリックはサラサの心情を代弁したつもりだった。
「うーん……」
サラサはサラサで、水平線の向こうに行ったケイベル艦隊をまだ追っているような感じだった。
そんなサラサを見て、バンデリックは訝しがった。
普段ならもうリラックスモードに入ってもいいものだ。
いや、自艦に乗艦した時点で、もっと気を緩めてもいいものだ。
だが、サラサは帝都にいた時からの緊張感を緩めてはいないようだった。
「何か、お気に障る事がございましたか?」
バンデリックはちょっと気になったので、質問をしてみた。
気にしてはいないとは言え、あれだけ罵詈雑言を浴びせられた後なのだから何らかのリアクションがあったもいい筈だった。
まあ、正確には浴びせられた訳ではなく、ヒソヒソやられていただけなのだが、まあ、それでも、嫌な目に遭っている事には代わりがなかった。
とは言え、作戦会議中からおかしいと感じていたのは確かだった。
となると、大分前からという事になる。
「……」
サラサは思い悩んでいるような感じでいた。
あまりの珍しさにバンデリックはそのまま放っておく訳には行かなくなった。
「お……」
バンデリックは禁断の言葉を口に出そうとした瞬間、サラサに睨まれ、慌てて口を噤んだ。
事、こういう事に対しての反応は衰えるどころか、鋭さを増していた。
何せ、まだ禁断の言葉を全部言っていないのに、この反応だ。
「違った、閣下、何か、気にある事がお有りですか?」
バンデリックは慌てて言い直したが、言い終わった後、余計な一言が混ざっている事にが付いた。
無論、それにより、タラリと冷や汗が出てきていた。
「うーん……」
サラサは前の同じような態度に戻った。
余計な一言に反応しなかったので、バンデリックは胸をなで下ろした。
……。
バンデリックは胸をなで下ろしたのもつかの間、話が進まず、沈黙が訪れてしまったのに気が付いた。
「ですから、閣下、何かありましたか?」
バンデリックは気を取り直して、再度聞いてみた。
「今回、あたし達は戦力外的な扱いを受けているのだけど、本当にそう思う?」
サラサはボソッとそう言った。
想定される戦場、陣形、どれを取っても、サラサ艦隊は蚊帳の外に置かれているのは明らかだった。
手伝い戦なので、むしろ、バンデリックはそれで安心していた。
だが、このお嬢様が言うと、妙にザワザワしてくる。
サラサは、元来、戦闘好きなタイプである。
そう、戦闘大好きなサラサが妙な事を口走ったので、バンデリックにとっては、緊張感が増してこざるを得なかった。
「不測の事態が起こると?」
バンデリックは恐々聞いてみた。
「うーん、どうかな?
起こるとも言えるし、起こらないとも言える」
サラサは恐々しているバンデリックとは裏腹に緊張感の欠片もなかった。
「閣下……」
バンデリックはサラサの態度に呆れると共に、絶望していた。
「まあ、先の事は分からないしね」
サラサは口ではこう言っているが、予想は滅茶苦茶していた。
それは、バンデリックにも分かっていた。
「それより、気になるのが、今回の兵力配置ね。
恐らく、ミーメック侯爵が素案を作り、フレックスシス大公がそれを認めたのでしょうね。
侯爵は明らかにあたし達を戦力外扱いにしていたけど、大公の方はどうなのかしらね。
不気味な感じだったから」
サラサは会議での観察結果を述べていた。
ルディラン侯爵家は確かに人材不足である。
その為、サラサが援軍として派遣されたに違いないと周囲には思われていた。
そして、それが不適切な人事であったとは言えないと感じていたのは帝国内でもいるようだった。
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