その8

 どん!!


 大きな音がした。


 だが、テーブルを叩いた音ではなく、部屋の扉が乱暴に開け放たれた音だった。


「そこまでだよ、エリオ」

 入ってきたのはサリオだった。


 その隣に、参謀のオーイットと副官のマリオットが付き従っていた。


「父上……」

 ここ1ヶ月ほど全く会えなかった父親の突然の登場に、エリオは絶句した。


 何と言うか、嬉しいという感情は全くなかった。


 ただただ驚いていた。


 そして、何しに来たのだと!!


 まあ、要するに、邪魔しに来たなと。


「ええっと……」

 サリオはそんなエリオに構わずに、クラセックの方を向いた。


「東方商人のクラセックと申します、クライセン公爵閣下」

 クラセックは慌てて立ち上がって、サリオに一礼した。


「ああ、よろしく」

とサリオは笑顔でそう軽く挨拶するように言ったが、

「だけど、今回はこれにてお引き取り願おうか」

とすぐに真面目な顔になった。


「分かりました。

 これにて失礼します」

 クラセックは風雲急を告げる状況下、文句も言わずに、一礼すると、さっさとその場を去っていった。


「父上!」

 エリオは猛烈に抗議しようとした。


 だが、サリオに手で制されてしまった。


「エリオ、お前の言いたい事は分かるが、今回はここまでだ」

 サリオは有無を言わせないと言った感じでそう言った。


「どういう事です?」

 エリオは尚も食って掛かった。


 そんなエリオを初めて見るマナトは驚いていたが、オーイットとマリオットは極めて冷静だった。


 まあ、親子げんかなんてこんなものだろう。


「お前が荒らし回ったお陰で、色々な厄介事が起きようとしている」

 サリオは現状が分かっていないとばかりに呆れていた。


「そんな事、大した事ではないではないですか!」

 エリオはそう言い切った。


 だが、サリオは更に呆れたとばかりに、大袈裟に両手を広げた。


 何だか、挑発しているようにも見えた。


 そして、エリオはその挑発に乗るかのように、大きく息を吸って、何かを言おうとした。


 だが、その瞬間を見計らったように、

「お前が自身で、自分を守る事が出来るのならな」

とサリオが鋭い口調でエリオを突き刺した。


「ぐぅっ!!!」

 エリオは正にぐうの音も出ないと言った感じで黙らざるを得なかった。


 確かにサリオの言う通りだったからだ。


 厄介事や面倒事を起こすには、最低限のラインというものがある。


 10歳児なのに、それを自覚していたので、エリオには深く突き刺さった。


「1ヶ月、剣術をサボっているようだな」

 サリオは容赦なく追い打ちを掛けた。


 どんどん追い込みを掛けるのは、10歳児には酷なような気がするが、油断していい相手ではなかった。


 なので、

「苦手なら苦手なりにそこから逃げずに、ぜめて、自分自身を守れる手立てを学ぶべきじゃないのかな」

とサリオは更に追い打ちを掛けた。


 でも、まあ、ただの追い打ちではなく、父親らしい事を言っているので、そんなに酷い事をしている訳では無かった。


 とは言え、決まったという感じがサリオにない訳ではなかった。


「……」

 その証拠に、エリオは何も言えずにただうな垂れるしかなかった。


 蚊帳の外の3人はサリオの父親らしさに感動していた。


 だが、マナトが純粋にそう感じたのに対し、オーイットとマリオットは久々にサリオが勝った事に感動していた。


「マリオット、エリオを王宮まで届けてくれ」

 サリオは沙汰が済んだとばかりに、話を進めた。


「了解しました」

 マリオットは敬礼すると、エリオの傍に歩み寄った。


 そして、エリオの退出を促すように、やや下向きに右手を開くと、エリオの行く手を示した。


「……」

 エリオはマリオットの誘導に無言で従う他なかった。


 そして、エリオは黙って退出していった。


 完全に納得できた訳ではなかった。


 だが、自分の身に危険が差し迫った事でサリオが動いた事は何となく分かった。


 それを自分自身で排除できるのなら問題がなかった。


 しかし、そうできる力は今のエリオにはなかった。


「まずは、剣術や学術で、自分自身を磨く事に専念するように」

 サリオは去り際のエリオに釘を刺すのを忘れなかった。


 オーイットもマリオットも何もそこまで言わなくてもという表情になった。


 だが、エリオは、

「分かりました、父上」

と絞り出すように答えた。


 エリオなりの意地だったかも知れない。


 珍しい事だが、今は無念でも悔しくてもそれを受け入れる他ないと思っていた。


 やはり、変な10歳児だった。


 だが、これで、10歳児の伝説の幕開けはなくなってしまった。


「さて、マナト、話をしようじゃないか」

 サイオはエリオの座っていた椅子に腰を掛けると、マナトに座るように手で合図した。


 これはどう見ても、親が子供の功績を横取りする行為であった。


 ずるいのである。

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