その2
<関連地図を近況ノート「クライセン艦隊とルディラン艦隊 まっぷ 2章」に掲載>
サラサ艦隊は夜中にスワン島近海に到着していた。
そして、先に到着していたウサス帝国艦隊と共にその海域に留まった。
他国の艦隊は、立太子の礼にはまだ日がある為、到着していなかった。
そんな状況の中、リーラン王国と敵対関係にあるウサス帝国・バルディオン王国の艦隊がいち早く到着したのは特に偶然ではなかった。
とは言え、2カ国共に今回の立太子の礼でリーラン王国と事を構える事はするつもりはない筈である。
少なくとも、サラサは事前にオーマに慎重に行動するように厳命されていた。
こういう式の際に、手を出した事になると、国際情勢上、良くない事になる事は重々承知していたからだ。
まあ、艦隊派遣は、あくまでも警備名目であり、少なからず、親善の目的もある。
とは言え、敵国が艦隊を率いてくるので、それなりの対応をしなくてはならないので、2カ国は艦隊を派遣した。
ただ、ウサス帝国から派遣されてきたハイゼル候ルドリフは些か張り切りすぎていた。
それに対して、サラサは妙な違和感はあるものの、普段通り過ごしていた。
翌日、サラサは朝食を済ませると、特にやることがなくなった。
その為、昼食までの時間、甲板を散歩していた。
それにしても、待機状態なので、手持ち無沙汰すぎるのだった。
「お嬢……」
サラサの元にバンデリックが走り寄っていったが、ギロリと睨まれた。
「かっ、閣下!」
バンデリックは走り寄りながらギョッとして、慌てて言い直した。
またパンチを喰らうのは流石に御免被りたいからだ。
「何?」
サラサは明らかに不機嫌そうにバンデリックの方を見た。
まあ、呼び方を途中で正したのでそれ以上の事はする気はなかった。
「間もなく、リーラン王国艦隊が付近を通過するとの事です」
バンデリックはサラサの前で立ち止まりながらそう報告した。
「うーん、恐ろしいほど情報通りね……」
サラサはちょっと考え込むように、そう言った。
出港からの奇妙な違和感みたいな、不安感みたいなものが消えていなかったからだ。
また、恐ろしいほどと言ったのは、味方からの情報からではなく、リーラン王国艦隊の動きに対してだった。
(予測はしやすいけど、正確無比に運用されているって感じね)
サラサは嫌な予感しかしていなかった。
「艦隊構成の情報に間違いはないの?」
サラサはバンデリックにそう尋ねた。
「間違いはありません。
戦闘艦25隻、貢ぎ物を載せた商船1隻の艦隊構成です。
小型の戦闘艦5隻が艦隊を主導している形だそうです」
バンデリックはサラサの問いにそう報告した。
昨日の出港から何度も報告していた事だった。
「その5隻はやはり、そうなの?」
サラサは何を聞いているのか分からないような聞き方をしていた。
「はい、確認しました。
リーラン王国の総旗艦艦隊で、間違いがないです」
バンデリックの方はサラサが何を聞きたいのかが分かっていたらしく、正確に情報を伝えていた。
「艦隊の指揮官は?」
サラサは更に質問を続けた。
総旗艦艦隊が出てきたのだから、指揮している人間は決まっているので、サラサにしては愚問だった。
だが、今の質問は、奥歯の奥に何かが挟まっているような感じだった。
実際、今の感情を言葉に出来ないもどかしさをサラサは感じていた。
それが、この質問となって現れた感じだ。
有り体に言ってしまえば、嫌な感じ、妙な感じをごちゃ混ぜにしたような感じで、思わず質問してしまった。
「クライセン公エリオです。
艦上で彼を確認。
間違いなく、リーラン王国海軍総司令官です」
バンデリックは妙な感じを受けながら、それでもサラサにきっちりとそう報告した。
こういう肩書きで報告されると、エリオも立派な感じがするのは不思議である。
(やっぱり、妙よね……。
彼が総司令官になって、3年が経つけど、外洋に出てきたのはこれが初めてよね)
サラサは自分でもおかしいと思う点で悩んでいた。
3年は、(仮)を含めた期間である事は、一応明記しておこう。
それはともかくとして、考えれば、考えるほど、サラサは、自分が愚問していた事が強く印象付けられた。
このような大事な儀式に公爵が出てこない方がおかしいのだ。
ただ、実質な権限を奪われていることは内外に知れ渡っており、その点を考慮すると、妙な事が起きていると判断するのも無理はなかった。
こう言った点からは敵への攪乱はバッチリかも知れない。
でも、その攪乱が何の為なのかをサラサは深読みしなくてはならない立場だった。
ええっと、まあ、攪乱してはいないのだが……。
「閣下?」
いつも闊達なサラサとは違うので、バンデリックは少し心配になった。
バンデリックも不穏な空気を察していたので、尚更だった。
「あ、ああ……」
心配そうにこちらを見ているバンデリックに気が付いてサラサはちょっとバツが悪かった。
だが、次の言葉を繋ぐ事が出来なかった。
……。
一時、2人の間に妙な沈黙が訪れてしまった。
「ちょっと、妙だと思ったのよ」
サラサは自分1人で思い悩んでいるようで馬鹿らしくなったようだ。
頭の整理が必要だと感じたのだろう。
「何がでしょうか?」
バンデリックは率直にそう聞いた。
お互い妙だと感じているが、流石のバンデリックもサラサの言語化出来ない気持ちまでは察する事が出来ないようだった。
「確か、エリオとか言う人って、ただのお飾りなんでしょ?
それがこんな重要な儀式に出てくるなんて」
サラサはそう言った。
だが、本当はもっと違う事を言語化しないといけないと感じていた。
結論が出ていた事を口にしているのだから。
「いえ、特におかしい事ではないと思います」
バンデリックはバンデリックで、サラサが何を言っているのか分からないという顔をしていた。
サラサはサラサで馬鹿にされた気になってムッとした。
だが、そこはグッと我慢して次の言葉を待つ事にした。
「彼は年若いとは言え、公爵ですし、海軍総司令官です。
何の不思議もないと思いますが」
バンデリックは更にそう続けた。
「まあ、確かにそうなんだけど、あたしと同い年だし、軽んじられているし……」
サラサはそうは言ったが、やはり何か引っ掛かりぱなしだった。
結論が出ている事を蒸し返している気はしている。
でも、何故蒸し返しているのかが分からなかった。
「いえ、閣下、クライセン公は1歳年上ですよ」
バンデリックはサラサの言葉をあっさりと訂正した。
「そんな細かい事はいいのよ!」
サラサは訂正されたので、何故か逆上した。
正確な情報だが、今は頭の整理には何の役にも立たないからだった。
「いっ!?」
バンデリックは逆上されたので、黙る他なかった。
(呼び方にはこだわるのに、歳はどうでもいいのですか!)
バンデリックは理不尽にそう思った。
だが、言葉にすることは出来なかった。
まあ、言葉にすると大変な目に遭うからだ。
話が変な方向へ行ってしまった為、微妙な雰囲気になってしまった中、
「リーラン王国艦隊視認!」
とマストにある見張り台から報告があった。
その報告により、サラサは自分が今何をやらなくてはならないかを再確認した。
(まあ、とにかく、この目でクライセン公エリオとやらを確認しないと!!)
リーラン王国艦隊は5隻の戦列艦と1隻の商船でこちらに近付いてきた。
他は沖合に待機していた。
5隻の艦はいずれも小型艦で、エリオが率いている艦隊だった。
(動きが妙ね、フラフラしている……)
サラサはジッと観察していたので、艦隊全体の動きの違和感にすぐに気が付いた。
「練度がなっていませんね」
バンデリックはサラサの隣で呆れていた。
だが、サラサはすぐにそれに同調しなかった。
一見すると、バンデリックの言うとおりなのだが、断定できないでいた。
(まさかね……)
サラサは呆れていいのか、感心していいのか、分からないでいた。
そうこうしていると、エリオ艦隊が目の前に差し掛かった。
(あれがクライセン公エリオ!?)
サラサは黒髪のボサボサ頭の少年と目が合った。
そして、すぐにそれがエリオだという事が分かった。
エリオはちゃんとしているつもりだったが、サラサの目には明らかにそう見えた。
多分、多くの人間は同じ印象を受け、リ・リラにはまた怒られるのだろう。
ボサボサが直ったと思っていたのは、エリオだけだった……。
(なんなの、あれ!!)
サラサはいきなり頭に来ていた。
体中の血液が一気に頭に駆け上がり、沸騰したような感覚だった。
それだけ衝撃的だった。
勿論、第一印象が最悪どころの話ではなかった。
筆舌に尽くしがたいのだが、感想を持つ事さえ、躊躇われるほどだった。
死んだ魚の目、やる気を微塵も感じられない雰囲気……。
その他、諸々のネガティブイメージ……。
そんな人間自体が存在できるのかと言った衝撃だった。
だが、不思議と目を逸らす事が出来ないでいた。
エリオ艦隊はそのまま目の前を通過し、スワン島の港へと向かって行った。
それを見送りながら、サラサは妙な疲れを覚えていた。
酷い神経戦を行った後のような感覚だった。
(どういう事なの?)
サラサは最初は怒っていたのが、いつの間にかに戦いになっていた事に驚いていた。
「どういった人物なのでしょうか?
クライセン公爵とは」
バンデリックが考え込むようにそう言った。
その言葉を聞いて、サラサは急に現実に引き戻されたように平静になった。
「艦隊は練度が足りずに、フラフラしていました。
なのに、平然としていて、自然体でした」
バンデリックはそう言葉を続けた。
(まあ、確かに自然体と言えなくはないけど……)
サラサはバンデリックの意見に同調できずにいた。
「ああ!」
サラサは急に閃いたように声を上げた。
「!!!」
それにビクッとバンデリックは驚いた。
そして、ちょっと怯えたようにサラサを見た。
まあ、理由は察する事が出来るだろう。
「それはエリオ・クライセンではないわよ」
サラサはいきなり否定した。
「???」
バンデリックは勿論何を言っているのかよく分からないでいた。
「自然体でいたのはそうかも知れないけど、ボサボサ頭の方よ、エリオは」
サラサは先程まで厳しい表情から笑顔になっていた。
サラサの笑顔はとても可愛らしく、年相応の少女が見せる唯一の表情かも知れない。
バンデリックはその笑顔を見て、安心すると共に、言われた言葉に対して、思考が完全に停止した。
……。
衝撃の事実だったのか、2人の間にしばらく間が訪れてしまった。
「えっ?まさか……」
バンデリックは妙な間の後に、驚きの声を上げた。
「あたしが敵を見間違えるはずないでしょ」
サラサはそう断言した。
バンデリックは驚きながらもサラサの意見を受け入れた。
その通りだったからだ。
と同時に、エリオに親しみを持った事に対しては、バンデリックは絶対に黙っておこうと思った。
(にしても、何なのあれは!!
あんなのが公爵で、総司令官でいいの?)
サラサはエリオを大いに軽蔑していた。
またもや、エリオは無条件に軽蔑の対象になっていた。
だが、サラサは言葉にも思いにも出来ない、妙な感情が湧き上がっていた。
そして、サラサもまた軽蔑しているのに、対抗心を燃やすという訳の分からない感情に陥るのであった。
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