第6話 二日目 昼下がり

 かしわ飯の駅弁がふたつある。

 ひとつは忠霊塔の護國神社に捧げて参拝した。もうひとつを下げて、忠霊塔の背面に歩いていった。そこには日本国のために斃れた、先人たちの御名が刻まれている。その刻まれた中に、あの初老の男の御名があるに相違なかった。

 私は内ポケットに納めていた、あの周遊券を取り出してみた。その内容を穴が空くほど読み込んだ。

 それでわかった事がある。

 神社の下にある駐車場にあるベンチに座って、割箸を割って一礼して頂いた。

 まず私の余命で得た三日間というのは、列車から降りている間の72時間を指す。そして車内にいる間は無期限である。新聞などの車内販売もあるようだ。さらに列車に乗っている時間と、外部の時間経過は同一らしく乗り続けていれば、肉体の年齢と同期していくものらしい。

 そして本来は死者である私たちは、空腹を覚えない。渇きもない。食事は気分転換の嗜好品に過ぎないのだ。彼はあの揺れる車内でどれほどの時間を耐えていたのであろうか。

 それからもうひとつ気がついた事がある。私の記憶では確かに会社にスーツで出かけたが、今着ているスーツでもネクタイでもない。まして手荷物は財布のみでポケットにはスマホもない。そして着ているのは生前で一番のお気に入りの一着だった。

 列車で同席したあの老女も初老の男も、生涯の晴れ着で郷里か想い出深い場所に旅していたのだと思う。

 私はその神社から小径を戻り、駅前を抜けて商店街に向かった。

 漆喰塗りの鰻屋の暖簾はまだ掛けられていた。鰻の皮の焼ける香ばしい煙が心地よかった。店頭のお品書きの値段を見て、この時代の一番のご馳走は、ここの鰻の松御膳のようである。そして今の所持金でゆうに賄える。

 昭和44年、母が肺病で逝去した年と聞いているし、墓石にも刻まれている。その前年であれば生前のはずだ。父が元気そうなのは、昨日確認できた。

 母の居場所をつきとめなくてはならない。


 私は実家の前を通過して、お隣の床屋に行った。

「ごめんください。ちょっと刈って貰えませんか?」

「いらっしゃい。こちらにどうぞ」と老姉妹の年若の方が背後につき、昔は苦手だった紙テープを首に巻いて、カバー着を通してくれた。

「お髭も当たりますね。散髪はいかが致しましょう」

「ああ、お任せでお願いします」の声に怪訝な表情をする。

「お客さま、どこかでお会いしたことがありませんでしょうか。東京の方かと思いましたが」

 その言葉に苦笑しかけたが、床屋の内戸がガラリと開けられた。

 外からの店舗口ではなく、その内戸は住居部分の土間へと続き、奥に勝手口がある。そこから小動物のような肉体が、長袖シャツに半ズボンで抜けてきた。

「婆ちゃん、お握りちょうだい!」と叫んだ。

 刈り上げた坊ちゃんカットに、目を期待にくるくるさせていた。

 白黒写真にしか残っていない私の姿だった。

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