その列車は夢の狭間に

百舌

第1話 初日 正午

 夢には自由な翼がある。

 夢を見ていると重力にも時間にも理屈にも、左右されない法則があるように思う。それなのに私は整合性のいささか揃った夢を見る。

 こんな夢を見た。

 私は大阪御堂筋線の地下鉄の駅にいた。

 そのつもりで階段を上って行くと、そこは木造の平家の駅舎であった。古木が湿気でちょっと黴臭く、甘い匂いがした。

 自動改札があるはずもなく、気難しそうな駅員さんが切符鋏を持って立っていた。私はまごつきながら、それでも印字のされた切符を手渡した。

 駅員さんはじっと訝しげにその印字を眺めていたが、「すみません、お客さん」と声を掛けてきた。苛立ちのある声ではなかった。

「あちらの受付にどうぞ」と指示された。

 ああ、乗り過ごしてしまったのだな。それで途方もない遠くに着いてしまったのだな。乗り越し清算を済ませて、折り返して帰ることにしよう。

 それで受付に行くと、年配の駅員さんが白い眉毛をして好々爺の表情で待っていた。私は彼に切符を渡すと、目を細めて印字を見つめていた。

 そして「ご立派な事をなさいましたな」と呟いた。それから背後から分厚い紙綴じを取り出して、算盤を片手にその乱数表みたいな数字を書き出していた。

「ああ。不慮の事故だったんですね」

「不慮の事故ですって。一体どういう」

「ああ。まだ自覚がないんですね。驚いたでしょう。貴方は寿命を使いきれずに肉体が死んでしまったのです」

 驚きのあまり身体が硬直した。

「それでね。余命をポイントとしてお返しします。そのポイントで、ご希望の時間と場所に巻き戻してお連れします。残念ですが数日間の滞在になると思います」

 私はしばし考えて、自分の会いたいひとの顔を想い浮かべ、彼に伝えた。

「承知致しました。そこまでの巻き戻しであれば3日間になりますね。出発は真向かいのホームになります。それでこちらが周遊券になります。ホームへ通過時にご提示下さいませ」

 流石の言葉に動転していたのであろうか、私は機械的に、それこそ盲目的に向かいのホームに連結している木造りの陸橋通路に向かおうとした。

「ちょっとお客さん」と白眉の駅員は呼び止めた。

「そちらではポイントがまだ余ります。しかもそちらでは旧札になります。当地ではお食事でもなさるでしょうから、ポイントをこちらで両替していきませんか」

「よろしくお願いします」

 かつて見慣れた旧札を彼は捲りながら、再び算盤を使っていた。どれもこれも昔、お年玉袋に入っていたような札であった。全てが幅広で私の財布からはみ出して収まった。

「あ。新札もお持ちでしょうね」と彼は続けた。もうどうとにもなれと思い、全部の札を出して彼に渡したが、随分と小額の紙幣を渡された。

「申し訳ないですね。現在とはレートが違いますので。ホームに行かれましたら、すぐに列車が参ります」

 真向かいのホームでしばらく待っていたら、チャイムと共に到着を告げる駅内放送が流れてきた。ホームにはかなりの学生服が立ち並び、疲れたスーツ姿がベンチに腰をかけていたが、その放送に反応したのは数人だった。

 汽笛が鳴り、蒸気機関車が水蒸気を振り撒きながら、のっそりと近づくのが見えた。

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