第16話
空を行き交うカラスの声が今日はやけにうるさい。
そう何度も言われなくても、あと少しで夕日が沈むことくらい分かっている。
ミュリエルの髪のように明るいオレンジ色の光は、俺のことを待たずに傾いていく。
完全に沈み切れば捜索は無理だ。
屋敷に戻るほかない。
そもそもお嬢様が森に居るかなんて分からない。
案外屋敷の中で隠れてるかも。
お嬢様ならレッスンから逃げる為に、色んな隠れる場所を知ってそうだしな。
枝を掻き分け進んだ先、遂に見覚えのある場所に辿り着いた。
裏庭だ。
「……ふぅ」
森と違ってこんなに視界が広いのに、お嬢様らしき人は見当たらない。
「……もし見つからなかったら、首が飛ぶだけじゃ済まないな」
自業自得、因果応報。
それでも、俺はこの世界を、未来を知っている。
魅力的なキャラクターたちの設定、悪役令嬢を体現したストーリー、理解しやすい世界観。
ヒールデイズが好きだからこそ、人一倍このゲームをやり込んだ。
「……行こう」
覚悟を決めて屋敷に向かって踏み出す。
ついさっきまでまで走っていたにも関わらず、両足が何倍も重く感じる。
草が纏わりついているのだろうか。
そう錯覚しそうなくらい、イザヤは疲労が溜まっている。
「……はぁ、ほんと、馬鹿だな俺は」
「そうよ、馬鹿よっ!」
「……え?」
「私を置いて戻ろうなんて許さないわ! 隣にいなさいよ!」
毎日聞いていた声。
数時間前に聞いていたはずなのに、物凄く久しぶりに感じる声。
ずっと探していた、声。
「……お、お嬢様!」
振り返ればそこに……彼女たちがいた。
「そうよ! 私の顔忘れた訳じゃないわよね!?」
腰まで伸びきった太陽のようなオレンジ色の髪に、スラっとした身体、三つ首の竜の模様があしらわれた服はボロボロになっていて、所々土で汚れている。
我が儘で、素直で、悪役令嬢な少女、ミュリエルがそこにいた。
「あぁ……お嬢様だ……それにウユリさんまで」
オレンジ髪の少女の隣には銀髪の女性が。
「人の気配に気付けるように訓練だな、これは」
良かった。
本当に無事で良かった。
……あれ? 身体に力が入らない。
その場に座り込んでしまう。
「大丈夫!?」
「安心したら……急に身体の力が抜けて……」
「大丈夫ってことね!」
「ええ……お嬢様はご無事で?」
「勿論! なんて言ったって私だから!」
「その割には足が随分と震えているようだが?」
「余計なこと言わないで! やっぱりアンタムカつく!」
どうやら、本当に大丈夫のようだ。
思わず微笑んでしまう。
見られないよう右手で隠そう。
「ミュリエル」
「分かってるわよ!」
指の隙間から見える視界に、突如お嬢様が入って来た。
驚いて手を退かすと、お嬢様は手を組んでいた。
威厳を見せたかったのかもしれないが、両足が震えていた。
「イザヤのこと、許してあげる!」
「……え?」
「だって私のこと、探し続けてくれていたんでしょう!? それなら許してあげる!」
「本当ですか……?」
「だけど条件付きで」
ゆっくりとイザヤに近づき、ミュリエルは手を差し出す。
「……イザヤ」
「……はい、お嬢様」
「私を私のまま、見てくれ続けてくれる?」
そうか。
そうなのか。
「私を、ミュリエルとして接してくれる?」
俺は気づいた。
直観的に感じてしまった。
「ずっと、私の傍に居続けてくれる?」
こんなことになっても、俺は未だに確信を抱けないでいる。
彼女はミュリエルなのか、悪役令嬢なのか、判断しきれないでいる。
だから……本当に貴方が悪役令嬢じゃないか、確かめさせてください。
馬鹿素直で我が儘な少女だけなのか、この両目で見させてください。
俺が間違っていたって心から思わせてください。
「……はい。お嬢様」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます