第7話 鎌鼬
ここは祟りを受ける
老人の言葉に裏づけはあった。
この大蛇が原の中の中央あたりに祠があるという。それはこの地に侵攻してきた戦国期の武田氏に関係があるらしい。
「その戦さでやな。侵攻してきた武田晴信、まあ後の信玄だに。その信玄の猛撃に耐えに耐えたが、真田の仲介があって降伏したんだら。この辺のお殿様というのが望月氏よ。源義仲からの豪族でな」
「望月氏?」と思わず口に出た。
私の主家、色葉の家が望月姓だからだ。
「そうさな。鳴神さんとこのお社も望月の流れと思うが。それでここが昔は沼でな。戦に斃れた望月の侍が、ここで武田に遺棄されていての。それから度々の鉄砲水で川下の村が流されることがあって。祟りじゃないかと。そこで中央に祠を建てて霊を慰めた、という話だら」
「望月氏・・・」
「底無し沼だというので、屍体を投げ入れてただと。罰当たりめ」
彼はその望月氏の嫡流であるかのように、口汚く罵った。
「祠を立てたのはいつ頃なの」
「何でも江戸時代に入った頃には、沼の水は水害で大概流れていて。ベトだらけの下から、やはり遺骨がめたら見つかったんだと」
なるほどここに溜まっているのは、その瘴気の残り香だろう。しかもかなりの祠の力があるのでしょう。ここにあるのは無害なものしかしない。
だとするとその切り刻まれた観光客や猪はここではないのかもしれない。
詳しい事情は主家に行かないとわからない。
私は丁寧にお辞儀をして、その場を離れた。
主家の住居は国道327号、中坊線を降りきった場所にある。
国道に並走している中坊川の川音が絶え間なく続く。
主家に至るまではつづら折りの細道で、頭上を木々の枝葉が覆う山道になっている。センターラインのない急坂なので、ブレーキで減速しながら降りていく。車同士が離合する時には、崖側の車が停車してやり過ごすくらいの細さだ。
左右にキャンプ地が並び、紅葉目当てのテントが極彩色に並んでいる。むしろこのあたりが事件の発生現場だろう。色葉の言によれば、初心者のキャンパーが傷を負ったという。
とても彼らが大蛇が原に踏み込むとは、とても想像できない。
しかしながら大蛇が原の謂れとやらを知る担当者がいたのであろう。
その場所に隠し祠があるということで、その地でお祓いをという依頼内容にすり替わったのだろう。
紅葉の盛りは過ぎたものの、真紅の紅葉や、桂や欅の黄葉の、夕映のような光に抱擁されながらのロードは気分がいい。枯葉の重なっている場所は滑りやすいので、ダウンヒルは緊張する。不意に土嚢なんかを路肩に積んであって幅員が極端に狭いコーナーもある。
10数キロは降ることになるけれど、帰りは主家のRVに積んで送ってもらうつもりだった。
背中に背負ったディパックに、頂き物の茸を詰めてあるので、現金なことも言えるだろう。
その神社は別名を里宮という。
峠道を降りきって2車線になった辺りにある。
登山口でもあるので旅館が真向かいにあり、神事の後の会食などを催されたりもする。温泉も出るので色葉と堪能したこともある。
自宅の方に向かい呼び鈴を押すと、父親が顔を出して私を認めた。
渋い顔を隠そうとしている表情は相変わらずだ。出会った当初は私をお酒に誘ったりもした。当時は色葉の母親が存命だった頃だけど、それを先代つまり母君が千里眼で見抜いて、こっぴどい叱責をやられたらしい。
蓬髪が更に薄くなり、老眼が進んだらしい。
窪んだ
最近はその20年前から白髪ひとつ、皺ひとつ、染みひとつさえ増えない私の顔を恐ろしいものを見るかのように恐る恐る覗いてくる。
「こんにちは。お久しぶりです。色葉は、あ、まだ学校でしたね」
私はそれでも社交辞令の微笑みは絶やさない。
ディパックの茸を入れたパウチを出して差し出して「これ貰い物なんですけど、お裾分けです」と震えるその手に握らせた。
「ああ、あんがとさん。今日はどんな用向きかや?」
「色葉から聞いたの。町からの依頼で大蛇が原のお祓いがあるんでしょう。それで下見に行ったのだけど。どうも変なのよ。私の見立てでは場所が違うんじゃないかと」
「はあ」と所在なげにいう。
「むしろあそこを祓うくらいだったら、キャンプ場の方だと思う。でね。実際のところ怪我人が出たり、猪の屍体が出たのはどの辺りか聞きたいのよ」
「それはキャンプ場の辺りだに。ただどうにも観光に響くんじゃないかと。まあ大蛇の方なら祠もあるし、そこでもいいんじゃないかと。そんな趣旨でしたな」
やっぱりね。見当違いなことを。
そんな穢れを
「貴方も鬼は見てきたでしょう。遊びじゃないの。やはり現地でお祓いはやらないと。祓えるものも祓えないわ」と口を切った。
「それに色葉が立ち会うとか言ってたけど。私は反対。変な方向で能力が開くかもしれない。その恐さはご存じでしょ?」
父親は渋面を、さらに苦悶で歪めて頷いた。
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