召喚合神ダイサモン!!

ながやん

第1話「プロローグ」

 それはまさしく、鉄腕にして鉄拳。

 ウモンの目の前に今、そびえ立つ巨大な右腕があった。

 地上に広がる魔法陣の光が、青空に陰影を浮かび上がらせている。そして、強烈な特大サイズのアッパーカットが敵意を吹き飛ばしていた。

 ウモンたちを襲おうとしていた亜空魔デモンは、消えた。

 そう、――亜空あくうと呼ばれる魔法の仮想領域を通して召喚される、召喚師しょうかんしたちの下僕しもべである。

 だが、目の前の剛腕をウモンは初めて見る。


「こ、これは……ゴーレム系? だとしたら、鉄、いや鋼か? お、おいっ、マオ!」


 腕の中にかばって抱いた、妹のマオへと呼びかける。

 恐らく、これを召喚したのはマオだ。

 そのマオも、大きな赤い瞳を見開いたまま固まっていた。

 勿論もちろん、驚いたのはウモンたちだけではない。

 今まさに、召喚した亜空魔にウモンを襲わせようとした生徒たちが慌てふためいていた。


「おっ、俺のグリフォンが一発で!」

「早く次のを召喚しろよ! やられたいのかっ!」

「もっ、ももも、もういいよぉ……逃げようって!」


 ここは召喚師を育成する学び舎、王立亜空学術院おうりつあくうがくじゅついん。召喚師のタマゴたちによって、そこかしこで亜空魔の召喚は行われる。

 だが、今回の召喚にその場の誰もが圧倒されていた。

 ウモンに嫌がらせで絡んでた先輩たちも同様だった。

 そして、我に返ったマオが声を張り上げる。


「えっと……ど、どうっ、見た? これがアタシのド実力っ、学年主席の召喚術よ! これに懲りたら、お兄ちゃんにちょっかい出さないで! またブン殴るからね! これで!」


 マオの声に、上級生たちはあたふたと逃げていった。

 フフンと鼻を鳴らす美貌が、すぐ見下ろす先にある。血を分けた兄妹とは思えぬほどに、豊かな才能を凝縮した可憐な少女だ。長くたなびく緋色の髪から、おひさまのような匂いがウモンの鼻孔をくすぐった。

 マオ自身が言う通り、彼女は学年主席の天才である。

 そして、天才ゆえか孤立し孤独な学園生活を送っているらしい。

 それというのも、マオが兄のウモンにべったりだからだろう。


「お、おいっ、マオ!」

「ん? あっ、お兄ちゃん! 怪我、ないよね? 大丈夫だよね?」

「ああ……その、まずはありがとう」

「んーん、いいのっ! アタシ、お兄ちゃんを守るから。一生、ずーっと、ガン守るからっ!」

「ガ、ガン守る? ハ、ハハハ……そ、それは、ちょっと。それより」


 だんだん人が集まりだした。

 校内では珍しくもない召喚騒ぎだったが、なにせマオが召喚した亜空魔だけに注目度が違った。しかも、大多数が初めて見る姿に好奇心をざわめかせている。


「マオ、もういい。この亜空魔を引っ込めるんだ」

「オッケー! んじゃ、せーの……ほいっ!」


 弾んだ声でマオが掛け声をあげる。

 すると、魔法陣が収縮を始めた。魔力供給が遮断され、亜空間が閉じる……それで亜空魔は自然に消滅、もといた世界へと帰るはずだった。

 だが、異変が起こる。

 突然、収縮してゆく魔法陣が波立った。

 そして、もう一本の腕が地面から生えてくる。

 今度は左腕だ。


「お、おいっ! マオ!」

「ありゃ? おっかしーな。……なんか、出てきちゃいそう」

「魔力を止めろ、供給を遮断するんだ!」

「……どうやって?」

「は? いやお前、そんなの基礎中の基礎だろ」

「にはは、基礎ってさ……アタシってばド天才だから、いらないかなーって思って」


 地響きと共に大地が揺れる。

 二本の腕は一度引っ込むような素振りを見せ……そのまま、両手で魔法陣を内側から押し広げ始めた。そして、午後の陽光を遮る巨躯きょくが浮かび上がる。

 目の前に、巨大な人型の亜空魔が立ち上がっていた。

 魔法陣は消えたが、召喚された亜空魔は完全に顕現けんげん、全身が実体化していた。

 背後からマオを抱く腕に、自然とウモンは力を込める。

 やはり、ウモンの記憶にないタイプだった。


「おっ? おおー、お兄ちゃん! 魔法陣、閉じたみたい」

「いや、召喚が完全に終わったからだろ。いいから魔力を切って、ってできないのか」

「あ、見てっ! あの子、動く!」


 複数の音で空気がかき混ぜられた。

 キュイン! という駆動音、なにか気体が溢れ出る音、そして金属同士が重なり合う音。複雑な調べと共に、巨体が片膝を突いた。

 やはり、ゴーレム系かなとは思う。

 しかし、ウモンの予想を裏切る変化が起こった。


「ねね、お兄ちゃん……胸」

「胸? あ、ああ。なんか……あいつの胸、開き始めてるな」

「そーじゃなくてぇー、むーねっ!」


 そう、亜空魔の胸部が上下に割れ始めた。

 まるで、その奥に小さな部屋があるかのような動きである。

 だが、マオの声は奇妙に湿ってゆく。


「お兄ちゃん……胸、触ってる。アタシの、胸……」

「ん? あ……ああっ! す、すまん!」

「んーん、いいんだけど!」


 咄嗟とっさに上級生からマオを守ろうとして、気付けばウモンは覆いかぶさるように抱き締めていた。そして、右手がほんのりとした膨らみを握っていた。その奥に感じる鼓動が、早鐘のように脈打っている。

 見ればマオも、頬を赤らめていた。


「は、恥ずかしいよ、お兄ちゃん。でも、嬉しい! 部屋、行こっか!」

「ち、違うっ! ほら、離れろ! 俺はもう手を放したぞ!」

「……はーい。ちぇー、もっとド触りしてもいいのに」


 渋々といった雰囲気でマオは離れた。

 そして二人で、改めて召喚された亜空魔を見上げる。

 近寄れば少し暑くて、全体が熱を帯びて蒸気に煙っていた。

 この召喚が、全ての始まり……そして、落ちこぼれのウモンに大きなチャンスをもたらすことになるのだった。

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