わしジジイ、齢六十を超えて自らの天賦の才に気付く
しんこせい
プロローグ
自分が持っている才能を知ることは、案外難しいものである。
スキルという形で才能が明確に表れる世界であっても、それは変わらない。
そして才が開花する時というのは大抵の場合突然で、何の前触れもなかったりするものだ。
「ねぇねぇじーじ」
「なんじゃい、マリル」
「見て見て、カミキリ‼」
「ほっほっほ、間違っとるぞ」
ジガ王国の田舎村にあるボロ屋で、一人の老人と少女が仲良さげに話をしていた。
老人の名はディル、六十を超え孫を可愛がって余生を過ごそうと思っている、村一番の長生きのご老体である。
そして彼に背を向ける形で床にいる虫を見つめている少女の名はマリル。ディルの孫であり、将来は引く手あまただろうと囁かれている、村一番の元気っ娘だ。
農作業に精を出している息子達に代わり、ディルは日が暮れるまでマリルの面倒を見るようにしていた。
死ぬまでは穀潰しでしかないのだから、自分に出来ることくらいはやるべきじゃろう。少しだけ肩身の狭い思いをしながら、彼は今日もマリルの快活な笑みを見て心を慰めていた。
まだはっきりと喋れないその舌足らずな様子は、我が孫という贔屓目を抜きにして見ても中々にかわいらしい。
「マリル、それはのぅ、カミキリじゃなくてカマキリと……うおっ!?」
間違いを正してあげようと口を開いたディルは、強い輝きに思わず目を瞑った。
「……じーじ、どうかしたの?」
「……今、何か光らなかったか?」
「カミキリが?」
「じゃからカミキリではないと……っと、また光りおった」
ディルは少し考えてから、カミキリと小さく呟いた。するとまた強い光。どうやらカミキリという言葉に反応したらしい。
彼にはこの現象がどういうものなのかを知っていた。
「……まさかこの年になって、スキルを授かるようなことになるとはのう……」
スキル、それはある特定の人間だけが使うことの出来る特殊な才能のことだ。スキルは完全に先天的な物であり、後天的に努力次第で威力の増す魔法などとはその根本を異にするものである。思考が明晰になったり、岩をも壊すほどの怪力を手に入れたりと、その恩恵は実に様々だ。
人間は誰にでも一つスキルがある、ということになっている。だが実際のところ、実際に使うことが出来るようになるのは数十人に一人もいればいいほうというのが実情だった。発現する条件は個人によって異なり、赤子の頃から使いこなせる者もいれば、死の直前になってようやく使い方が理解できるようになる者もいる。そう考えると六十でスキルが発現するというのはそれほど悪いものではないのかもしれない。
「しかし、スキル『カミキリ』など聞いたこともないのぉ……」
ディルはじっとカマキリを見つめ、その小さな虫が両の手に持った鎌を上から下に振り回すのを視界に入れた。するとまるで時が止まったかのように時間の流れがゆっくりになり、その振り下ろしにどうすれば対応できるのかということが自然に頭の中に浮かんできた。もちろんカマキリがいる場所は遠いから、対処法など必要はない。ただこの体験により、彼は自分の持つスキルがなんであるかを理解した。
「なるほど、スキル『カミキリ』ではなく、スキル『見切り』というわけか」
そしてスキルが発動するのと同時、それがどういった能力であるのかが頭の中に情報として流れ込んでくる。
『見切り』は、相手の攻撃をどうすれば捌けるのかを本能で察することのできるスキルのようだ。
どうやらそれだけでなく、攻撃をされた際に自分の主観時間を伸ばすことで、冷静な対処を可能とする力もあるようだ。
有用なスキル……なのは間違いない。ただ能力などよりもよほど大きな間違いが、一つある。
「わし、もういい年なんじゃけどなぁ……」
あと四十も若ければ、武勇で身を立てることも出来ただろう。
だが今や自分は六十を超えた老体。関節はギシギシと軋むし、腕はかなり前から肩より高く上がらない。
このスキルは、壊れかけの身体には、明らかに過ぎた能力である。
「じーじ、どうしたのー? ダイジョブー?」
「平気じゃよ、ちょっと慌てただけじゃ」
マリルは愛らしい子だ。だがお腹がいっぱいになるだけ食事ができているわけでも、女の子らしい趣味を持てるだけの余裕が我が家にあるわけでもない。
(わしが出ていけば……少しくらい、生活が楽になるじゃろうかの)
元々飢饉が起きれば口減らしとして山奥で暮らすことは考えていた。ならそれが少し早くなったと考えればいい。
死に場所を探す旅……などというほど大袈裟なものでもないが、適当に食べていけるように、スキルを使うのはアリだろう。
「父さん、ただいま」
「おおトール、丁度いい所に。わし、今から家出て戦いの日々に身を置くから」
「え……はぁ⁉」
「自分の天賦の才に気付いてしまっての、もう身体が疼いてたまらんのじゃよ」
息子であるトールが自分の真の意図を察してしまう前にと、ディルは急いでなけなしの貯金を取り出して扉へ向かう。口減らしとして出ていくなどという意図を察すれば、優しすぎる我が息子は決して出ていくことを許してはくれないだろう。
「ちょ、ちょっと父さん‼ 本気で言ってるの⁉」
「マジもマジ、おおマジじゃよ」
「……もしかして蓄えのことを気にしてるんじゃ……」
「ダメだよ、パパ」
ハッとした顔をしながら怒りを吐き出そうとしていたトールを、精一杯難しそうな顔をしたマリルが止めた。
「男にはね……たたかいに行かなくちゃいけない時があるの。じーじの時は、今なんだよ」
「……ま、そういうわけじゃ。心配せんでも平気じゃよ、戦闘用のスキルを、習得してしまっての」
「おい父さん、そんなふざけたこと言ってないで……」
流石に見かねたのか、枯れ木のようなディルの手を握ろうとするトール。
見切り、と念じるとディルの身体は相手の攻撃を予測し、最適解を導き出した。
スッと半歩前に出てつんのめったトールの後ろ足の踵を小突くと、自分よりも随分と大きい息子が面白いようにひっくり返る。
「痛っ……まさか、ホントに……?」
「まぁそういうわけじゃ。ひょっこり帰ってくることもあるじゃろうから、そんときは歓待でもしてくれ」
立て付けの悪い木のドアを開き、ディルが夕焼け色に染まり始めた空を見ながらゆっくりと歩き始める。
呆然としているトールを背にしながら、彼は歩き始めた。
「じーじ、また遊ぼうねー‼」
「おー、あとその虫はカミキリじゃなくてカマキリじゃからなー‼」
「わかったー、ありがとー‼」
ディルは自分の肩の荷が降りたのを感じ、少しだけ足取りを軽くする。
これで自分の分の食料を三人で分けてくれればもう少し腹一杯にご飯が食べられるじゃろう。そう考えると足取りと一緒に心も随分と軽くなった。
「さて、それじゃあまずは……冒険者にでも、なってみようかの」
こんな人生からセカンドライフを送るとは思ってもみなかった。そう心の中で愚痴をこぼすディルの口許には……明るい笑みが湛えられていた。
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