第11話 封印の鍵、守護の星(4)

『どういうことか説明してもらえませんか、姉上? わたしたちは彼女をずっと捜していたんです。

 アキに頼まれて。姉上がきちんと保護したことを報告してくれていたら、もっと早く彼に教えてあげられたのに』


「ごめんなさい。彼女が異世界の人間だということは知っていたから、報告する決心がつかなくて。エルシアさまたちが黙っていないと思ったから」


 自分と同じ目に遇わせたくなかったのかとリーンは納得したが、それは姉の思い過ごしだということもわかっていた。


 エルシアたちが興味を持つとしたら、不自然な現象ばかりを引き起こす亜樹の方だ。


 杏樹はおそらく大丈夫だろう。


 大体同条件で亜樹と杏樹を比べたら、面食いの彼らが亜樹より杏樹の方に興味を持つとは思えない。


 それはたしかに杏樹も可愛いが、亜樹の方が遥かに魅力的だし美形だ。


 筋金入りの面食いの彼らが、亜樹を放り出して杏樹に興味を持つとは思えなかった。


 まあたしかに亜樹は男で杏樹は正真正銘の女の子である。


 それでも亜樹のもっと不思議な特徴の方が魅力的だった。


 少なくとも力のあるなしと、顔の良し悪しに重きを置くエルシアたちには。


 亜樹の話では杏樹にはなんの力もないようだったし。


 異世界人だというだけで興味を抱かないという保証はないが。


 これが杏樹ひとりの来訪だったら、イヴの危惧も当然のものだったとは思うけれど。


 亜樹がいる以上それはない。


 まあ杏樹の前で亜樹の方が綺麗だし魅力的だから、杏樹は問題外だなんて言えないが。


『とりあえずそれは取り越し苦労だと言っておきますよ。アキの話ではアキたちな世界では、特別な力というのはだれも持っていないという話ですから。

 アキやアンジュがこちらにきてしまったのも、偶然の事故のようなものだと言っていましたし』


「それならいいのだけど」


 ホッと安堵する姉にリーンは苦い気分になる。


 杏樹に関してはそうなのだが、彼女の兄、亜樹に関しては不安な要素がある。


 そのことを告げるのはためらわれた。


 優しい姉が同情するのが目に見えていたからだ。


 亜樹に肩入れするとイヴの立場が危うくなる。


 万が一危惧している事態になって、エルシアたちの狙いが亜樹にそれたとしても、亜樹はひとりしかいない。


 ひとりよりはふたりと判断されても不思議はない。


 イヴが厄介な立場に立っていることに変わりはないのだ。


 エルシアたちが動く今は姉を亜樹に関わらせたくない。


 だが、杏樹だけを宮殿に差し向けてくれと言ったところで、心優しい姉が頷くだろう。


 今だけは姉を安全な神殿から動かすのはいやなのだが。


『姉上。これから言うことを絶対に守ってほしいのですが』


「なにかしら?」


『アンジュを宮殿に差し向けてください。アキがとても心配しているんです。なるべく早く逢わせてやりたいので』


「もちろんそのつもりよ」


 笑顔で請け負う姉が言い出す前にリーンはクギを刺した。


『彼女に従者をつけて姉上は同行しないでください』


「まあ。どうしてそんな冷たいことを言うの? 彼女にはわたくし以外に知り合いなどいないのよ? 急にひとりにしたら不安になるでしょう?」


『姉上のお気持ちもわかりますが、今は神殿を動かないでほしいんですよ。わかってください。姉上は今宮殿にこない方がいいんですから』


 リーンの必死に食い下がる様子に、イヴは思い至った。


 まさかと顔に書いて弟を見る。


「まさか。エルシアさまたちをお呼びしたの?」


 どうしてそんな真似をしたのだと責める響きの姉の声に、リーンは答えに詰まる。


 それから杏樹の視線を気にしながら答えた。


『アキが……ピアスをしていたからです』


「え?」


『それもなんらかの力を秘めたピアスです。神族と同じピアスかどうかは、正直なところわからないのですが、アキのピアスが普通の物ではないとなると、わたしたちの手にはあまりますから。それにこれはどう考えても神族の領域ですし』


 この世界でピアスをしているということは、そのまま神族である証だ。


 だが、亜樹も杏樹も異世界人。


 この世界の常識を押し当てるのもどうかと思えた。


「それが本当だとしても、エルシアさまたちをお呼びする必要はなかったでしょう? アンジュたちは異世界人ですもの。

 わたくしたちとは条件が違っても不思議はないわ。アキがピアスをしていたからといって、どうしてすぐに神族に結び付けるの? 異世界人なら不思議なことでもないでしょう?」


『たしかにアキの世界ではピアスなんて珍しい物ではないそうですが、絶対に外れないピアスでも姉上は同じことが言えますか?』


「絶対に外れないピアス?」


 真偽を問うように杏樹を見ると、彼女も困惑していたのだろうが、困った顔をしつつも頷いてくれた。


 どうやら彼女の兄がしているピアスが、普通の物ではないことは確からしい。


『わたしも反対だったんですが、アキから話を聞けば聞くほど、わたしたちの手にあまる問題だと思えたので仕方なく。別に彼を窮地に立たせたいわけではありませんよ。できればエルスたちが変な興味を持たないでくれると有り難いと思っていますし』


「変な興味って。アキは男の子なのでしょう? アンジュから双生児の兄だと聞いていますよ?」


『たしかに本人もそう言っていますし、今のところはその通りらしいですが、アキの不思議な一面を思うと楽観することもできません。アキの持つ力が本当に神力だとしたら、性別も断定できなくなってきますし』


「そう……なの?」


『レックスから聞いた話では神力は強くなればなるほど、不可思議な特徴を宿すようです。

 過去に似たような事例はあるそうですが、その人物は性別が不明だったそうです。想い人に合わせて性別を変えたのだとか。

 アキがそうではないという保証はないと言われました。そのくらいアキは不思議な一面が強いですから』


 リーンの説明を聞いていて、杏樹は不思議そうな顔になった。


 亜樹が普通ではないことは杏樹も知っているが、それが異世界では性別まで意味を違えてくるのか。


 こちらの常識で亜樹を見ると亜樹の性別は不明になる。


 杏樹はリーンの説明をそういうふうに受け取っていた。


 聞けばさぞかし亜樹がいやがるだろうなと思いつつ。


 異世界人なのだから、こちらの常識で亜樹を見ること自体が、杏樹には間違っているように思える。


 それはたしかに亜樹は並の女の子より可愛いし綺麗だが、れっきとした男の子だ。


 そういう言い方はないんじゃないかと思った。


 それになんだか話題が不穏なような気がする。


 亜樹の性別が不明だと問題があるような、そんな言い方をしている気がしたのだ。


『とにかく姉上は今は安全な神殿を動かないでください。エルスたちが来訪するときに姉上が滞在されているなんて冗談じゃない。安心していられないでしょう』


「でも、アンジュをひとりにはできないわ。わたくしには彼女を保護した者の責任があるもの」


『姉上!!』


「それにリーンの説明が本当なら、アンジュのお兄さんのことも気になるわ。アンジュを見るかぎりでは異世界人には特別な力はないようだわ。

 それなのにアキに関しては違うとなると、わたくしは神殿の長として彼に逢う必要があります。

 反対は受け付けませんよ、リーン。これは神殿の長としての、わたくしの役目ですから」


 イヴに強引に押し切られ、姉に弱いリーンは結局言い負かされてしまった。


 こんなことならエルシアたちを呼ぶのは明日以降にするんだったと後悔したが後の祭である。


 果てしないため息が漏れたが、亜樹に妹は無事保護したと言ってやれるのが唯一の救いかと自分を慰めていた。


 



 運命は急速に回りはじめている。


 亜樹となんらかの関わりを持ち、こちらの世界のことにも通じているらしい高瀬一樹。


 そして双生児の兄としてなんらかの繋がりを持つらしい幼なじみの翔(かける)。


 彼らが合流するときも近い。


 そして話題に登っている神族たちが亜樹に絡んでくるときも。


 亜樹を中心にしてすべての糸がひとつに繋がっていく。


 そのことを亜樹は気付いていなかった。

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