五歳児から赤子へ退行

「この玉が向いてる方向しか見えないのは正しいのか?」


 自分の眼を指さしながら眼球をぐるぐるするイケメン。


 やめろアホ面をイヴに見せるな。


「この布を巻くのはなぜだ?大気の流れも触る感覚も鈍るだけじゃないのか?」


 まとってるシーツをぴらぴらさせる。


 やめろ股間をイヴに見せるな。


「土の中と外は全然違う!俺は地上に出たの初めてだ!」


 俺のげんなりした気分をよそに、はしゃいでる。


「ずっとヒキコモリだったにしては随分、流暢に喋るよな、お前」


「ちゃんと喋れてるか?お前の記憶で勉強した。お前ら二つ足は"言葉"ばっかりだ。こういうのとか、こういうのとか、どう言うんだ?」


 スライムが髪の毛うねうねさせてる。ああ接触交流か。


 読み取ろうとしたが、漠然とした印象が浮かぶだけで、言語化出来なかった。


「いや、分からん」


 答えなんてどうでも良かったんだろう。


 俺の返事を気にする風もなく、楽し気に髪をうねらせてる。


 考えてみれば、人類の文化文明ってほとんど言語依存だ。五感も、思想も行動も全部、言語化してる。


 "言語"として認識することによって事象を認識してる節もある。



 ていうか俺から学んだってことは、こいつの言葉遣いは俺のトレースなのか。


 言語を学べるなら、もう少し礼儀や人付き合いも学んでほしいもんだ。こいつの態度は、まさに傍若無人。



 っと考え事してたら、スライムがお茶の中に髪の毛突っ込んでちゃぷちゃぷしてる。


「やめろよ、行儀悪い」


 礼儀以前に行儀ふるまいを学ぶべきだ。



 行動の部分で、こいつはかなり無知に見える。



 俺から得た知識が偏ってるんだろうか。それに言葉も文法は合ってはいるが、接続詞や助詞がなんだか危うい。


「なんで温める?」


「はぁ?」


「体温より高い熱をなんで取り込む?」


 お茶のこと?もうこいつ何言ってるのかわかんない。



 イヴに助けを求めようとしたけど、少し離れた場所で手作業してるっぽい。こっち見向きもしない。


 もうやだ。ここには、コミュ障しかいない。


「知るかよ。お茶は温かいもんなんだよ。ていうか俺の記憶見放題なの?気分悪いんだけど」


「ほんとは見れない。でも見れた」


 また意味わからんことを……。


「おそらく、アベルの世界では記憶を読み取る方法が、なかったのではないですか?」


「へっ?うん、無かった」


 イヴはちゃんと聞いててはくれてたんだな。


 会話に入ってきて欲しいと切実に願うけど。


「意識への他者の介入を拒むのは、物心つくときだそうです。生まれたばかりの子供は、周囲の他者に対して要望を伝える為に、自らの意識への接触を許します」


 えええ。この世界の赤ちゃんって、テレパシーで何して欲しいか読んでもらうの?


「自我が育つにつれ、自分の意識を防御するようになると聞きました。アベルの世界では記憶を読み取る魔法がなかったために、その防御機構がないのかもしれません」


「そうだったのか。俺は意識だだ洩れだったってこと?」


 いやそれは恥ずかしいわ。


 特にイヴに対して邪な妄想をしたことは、一度や二度じゃない。


 どうしよう。


 能面のような無表情の下で俺のこと(なんで気持ち悪いこと考える5歳児なんだろう)とか思ってたりしない?


 むしろ俺が言う前から、転生してきたこと知ってたからリアクション薄かったとか?そもそも35歳のおっさんって知ってた?


「漏れたりしない。バカ。入ってくるのを許すだけだ。バーカ」


 粘菌がすかさず突っ込んでくる。


 バカを二度も言うな。


 でもだだ洩れだったわけじゃないと知って、少しだけほっとした。


 でも……


「イヴも俺の記憶を見ようと思えば見れたんだよね?」


「はい」


「……見た?」


「いいえ。見えないと思っていました」


「見えると知ってたら見てた?」


「はい。アベルの行動が不可解なことが多かったので、理由を知りたかったです」


 あぶねー!セーフ!心の底から安堵した。


「えっとね、俺のこと変だなって思った時は、聞いてくれたらちゃんと言うから、これからも勝手に見ようとは、しないで欲しい」


「はい」


「それにしても、そんな子供の頃から魔法って芽生えるんだね」


「人間に備わっている基礎機能だと思っていましたが、魔法だったようです」


 イヴはなんだか一人で納得してる。魔法の有無っていう根本的な差を、また知ったな。


 当たり前すぎてニュートンが気づくまで、重力の法則概念がなかったみたいな感じかね。



 なにかが手に触れたから見おろすと、スライムの金髪が俺の手を撫でてた。


「なんだよ!やめろよ!また記憶読む気かよ!」


「もう見えない。確認した。お前が見せたくないって思ったら、本当は見えない」


「そんな単純な話なのか?」


「うん。だから赤ん坊しか見えない」


「俺…赤ちゃんだったのか…」


「今も赤ちゃんだ。何も知らないし、弱いし」


「赤ちゃんちゃうわ!てかなんでお前この場にすんなり馴染んでるの!?おかしくない?リマの姿で突然現れて、契約押し付けて、俺を殺そうとしたんだぞ!」


「理由はちゃんと話しただろ」


「ああそうだな!そのうちちゃんと魔力は返すよ!」


「うん」


売り言葉に買い言葉で、もしかしてとんでもないこと言った俺……?

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