大事な後始末

 まさか、木を治してる?


 集中しているイヴに問いかけることも出来ず、俺はその不思議な光景をしばらく魅入られたように眺めていた。


 ここの木々を吹き飛ばしても、罪悪感はほとんどなかった。生物の気配もなかったし、ただ森を焼いてしまっただけ……。


 でもイヴは森を治してる。


 俺の手は自然にイヴの手に伸びていた。幹をなでるイヴの手に、手を重ねると、イヴが俺を見た。


 重ねた手に集中する。


 大丈夫。出来るはずだ。


 "直感とイメージ"


 イヴが言っていた言葉。そう、イメージするんだ。


 傷つけるような魔法じゃなく、癒す。


 ゆっくりと魔力を流し込むんだ。イヴが俺に与えてくれたように。


 最初はにじみ出るようにじわじわと、その感覚を掴んだら魔力をどんどん増やして流し込んでいく。


 俺の意図が分かったのか、再びゆっくり幹を撫でるイヴ。


 枝葉の伸びる乾いた音が少し大きくなった。


 ……もっともっと。


パキパキ ピシピシ ザザザザ


 目を開いて木を見ると、幹は健康そうにごつごつと力強く、茂った枝葉は、風もないのにざわざわと揺れていた。


「もう充分です。以前より立派な木になりました」


 俺たちの手が幹から離れた。


 イヴの手に触れてるのが、なんか一気に恥ずかしくなって、ぱっと離して頭を掻いた。


「あはは‥‥‥やりすぎちゃった?」


 照れ隠しに笑うしかなかった。


 イヴが俺の手にもう一度、手を重ねた。


 え、何するんだろ。


 森の中で二人きり、美女に手を引かれているシチュエーションに、ちょっとドキドキしてしまう。


 そのままイヴに手を引かれて数歩進む。


「この木も、一緒に治してくれますか?」


 数本残っていた焦げた木の一本に、俺の手を誘う。


 そういうことね。ていうかそうだよね。そういう流れだよね。うん、期待なんかしてなかったよ。


 だって俺まだ5歳児だし。


 失望が顔に出ないように頑張りつつ、俺は頷いた。


「もちろんだよ。だって俺がやってしまったことだし」


 俺の顔ににじみ出ていた失望を、反省と誤解したのか、俺の腕にそっと手を添えてくれた。


「そんなに悲しまなくて大丈夫です。森に落雷があったり山火事が起きたりするのは、稀にあることです」


 イヴの優しい慰めに、俺は自分を恥じた。能天気な妄想をして申し訳ない。


 イヴは俺がやらかしてしまった事故の後始末を、一人でしてくれてたんだ。


 そのうえ、俺が気に病まないように慰めてくれてる。


 倫理観おかしいとか思っててごめんね。



 その後、残っていた焦げた数本の木を、二人で全部回復させた。


 一人でやってみようとしたんだけど上手くいかなくて、全てイヴと手を重ね合わせて魔力を注入して終わらせた。


 切り株すら残っていなかった理由は、既に死んでしまった木は土に返したかららしい。


 焦げた木をそのまま放置しておいてもいつかは土に還るんだけど、それをちょっと早めたとイヴが言ってた。


 途中俺の魔力残量をイヴが気にしてくれたが、全く負担もなく疲れもしなかった。


 日が傾く頃、焦げた木が一本もなくなった広場から、二人で帰路についた。


 イヴは魔力を使いすぎたためか、小屋に着いたら、すぐ自室に行ってしまった。


「アベルのお陰で、沢山回復出来ました。ありがとう」


 扉を閉める直前に、イヴは俺にそう言った。




 ──俺は、この世界に来て知ったことは、結構ある。


 でも元の世界で知っていることは、もっと沢山ある。


 その一つは、人と人の関係は交流することによって、印象がどんどん変わっていくということ。



 とても冷たい印象を最初にイヴに感じた。でもこうやって一緒に過ごして行動するうちに、イヴの性格が見えてきた。


 イヴは行動も言動も、飾ったりしない。拒絶もしないが、媚びを売るようなこともない。


 俺の今までの人生において、こういう人間は信用に値する。


 その夜俺は、一つ決心をした。









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 次の日の朝、イヴはまだ寝ているようだった。彼女より早く起きたのは初めてだ。


 バスルームで顔を洗って、手櫛で髪を整える。もうこの姿にもすっかり慣れた。


 前世とは、似ても似つかない美少年。


 そっと鏡の中の自分の顔を撫でようとした指が、予想と違った感触を返した。


「これも水鏡だ。垂直に張られた水ってすごいな」


 指が触れた部分から、小さな波紋が揺れたが離すと一瞬で収まる。指も濡れてない。


 些細な事でもここは異世界だと気づかされる。


 目の前の景色だけを切り取って見るだけなら、地球となんら変わりはないのに"別世界"なんだな。


 何度目か分からない寂しさを感じた。


 失って初めて気づくって、陳腐だけど本当にそうだ。



 虚勢を張ってはいるが、この世界に来てずっと不安がないわけじゃなかった。


 今までの理屈が通らない世界で、しかも都会暮らししかしたことないただの男が、ライフラインすらままならない深い森での強制サバイバル生活。


 新たに生をを授かったからって、不安にならないわけがない。



 そして、イヴに出会った。



 表情が乏しく、倫理観がちょっとズレてるかもしれないけど、彼女は俺を傷つけようとしたことも、嘘を吐いたこともない。


 自分のことをまともに語れない俺を、無条件で拾ってくれた。


 明らかにおかしい行動言動をする変な子供なのに、詮索もせず気味悪がるでもなく、淡々と。


 彼女がどれだけお人よしなのか、今なら分かる。


 俺は何も彼女に与えていないのに。


 純粋な優しさ……それも一時の気まぐれじゃなく、継続しての無償の親切なんて、今まで俺はもらったことがない。



 人や動物を必死に救おうとしてる人間を、前世でも沢山見た。


 けれど森の数本の木を、あんなに全力で治そうとする人間は見たことがない。



 イヴは俺に「ありがとう」と言った。


 元はと言えば俺のせいなのに。こちらこそありがとうだよ。


 そしてごめん。

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