頑張っているで賞

直井千葉@「頑張ってるで賞」発売中

頑張っているで賞

 ほら、そこに座って。

 いいから、いいから。悪いようにはしないって。

 ……よしよし。


 はい、それでは今から表彰式をはじめます。

 そこ! 式の最中はお静かにお願いしますね。



 表彰。

 お仕事頑張っているで賞。

 あなたは仕事を大変よく頑張っていますね。


 毎日、毎日、本当にお疲れ様です。

 最近はますます忙しくなってきているみたいで、残業することも度々。

 私は、たまにはもっと弱音を吐いてもいいんだよと思っています。


 あなたは「大変なのが仕事だ。面倒くさいのが仕事だ。お金を貰ってるんだから仕方ない」なんて、へろへろのくせに真面目に言うけれど、私はちょっとしっかりし過ぎだよと思います。


 もちろん、素敵なところだと思うし尊敬もしています。

 でも……いや、でもとは違うかな。

 私はあなたが頑張り過ぎてしまうことが心配です。

 無理が必要な時があることも分かってはいるから、全部やめてなんて言うことは出来ないけれど、本当に大変な時は休んだっていいし、逃げてもいいからね。


 ひとまず、一個だけ絶対に忘れないで。

 私は何があろうとあなたの味方です。

 あなたの力になりたいといつでも思っています。

 いいね?

 言わなくてもあなたは分かっているのかもしれないけど、私の決意表明としても受け取っておいて。だから、これからも安心して頑張って大丈夫だよ。


 というわけで「お仕事頑張っているで賞」をここに表彰いたします。



 ……どうしたの?

 もちろんこれは「頑張っているで賞」の受賞式だけど。

 

 私は思うんだよね。

 私たちって、あまりに褒められなさすぎじゃないかって。


 毎日働いていて偉いよ。

 毎朝起きて偉いよ。

 普通に作業としても疲れる仕事をしながら、人間関係にも苦労してるなんて偉すぎ。

 仕事をしながら成長もして、うまくいかないときにはそれに悩んで、本当にどこまで徳を積めばよいのだろうか。


 まあ分かりますよ。

 社会全体で褒め合うことが恒常化しないだろうなんて。



 でも私たちはどう考えても褒められるべき。


 じゃあどうするの?

 「頑張っているで賞」でしょ。


 謙遜も遠慮もさせません。

 あなたのことを世界で一番好きな私が、世界を代表して「すごい」と褒める狂気の催し。

 それがこの「頑張っているで賞」。



 ほら、表彰状もちゃんと作ったんだから受け取りなさいよね。

 よく出来てるでしょ。

 見て、絵も描いたの。社会人になって久しぶりに描いたけど、意外と描けるものね。

 ……で、どう? これ、覚えてない? 


 ……覚えてない⁉ 何で⁉ 私たちの馴れ初めでしょ⁉


 絶対覚えてるって!! 

 ヒント。数学。……二年生。…………ノート。

 そう! あなたが数学のノートを貸してくれて、それがきっかけで色々話すようになったんじゃん。


 えー⁉ 描いてあったよ! 


 ノートにこのキャラクター描いてさ、吹き出しで「ありがとう」って付けて返したじゃない。

 そうしたら「絵、上手だね。でも消すの大変だから、今度からは何も書かなくていいよ」……って言ったの覚えてない⁉ 

 嘘……はあー、自然に失礼だから覚えてないんだ。最低。

 あーあ……私だけだったんだ。

 あれで一気に仲良くなったなって思って、言いたいこともちゃんと言える関係だなとか、なんかこういうケンカって漫画みたいでいいなあって思ってたのに。


 あー……ショック。


 これはあれだね、副賞として駅前のケーキ屋さんのモンブランがあったけど、それは没収だね。


 はい、じゃあ表彰状だけ渡します。

 はい、おめでとうございまーす。


 あ、待って待って。二枚持っていってる。

 ……なんで二枚って、当たり前でしょ。私だって仕事頑張ってるんだから。


 そう、なんと今回は記念すべき同時受賞だったのです。

 いやあ、めでたいですねえ……え、ケーキ? もちろん二人分あるけど。

 表彰状が二つ。副賞も二つ。当然、当然。

 ま、今回誰かさんは不祥事をおこしたので没収ですが。


 せっかくこの間の誕生日にくれた紅茶も出して、二人で労働を労おうと思ったのにねー。

 しょうがないから、紅茶は一緒に飲んでもいいよ。


 ……ふふ。うそうそ、冗談だって。

 一緒に食べた方がおいしいもんね。ちゃんと一個ずつ食べよう。



 でも、馴れ初めを覚えていなかったことは大変傷つきました。


 だから……分かるね? 分かるはずです。

 

 二人分の?

 紅茶を?

 あなたが?


 ……そう! 二人分の紅茶をあなたが淹れます。



 ……そして?

 食後は?

 二人分の食器を?


 ……あら、そう? 洗ってくれる? 

 いやー悪いわね。何だか催促しちゃったみたいで。



 ……それで?

 ケーキを?

 食べる時は?


 ……まだあるのかって。

 さっきまでのはあなたの自主的な反省の気持ちでしょ。

 ここからが本当のお詫びなんだから。


 ………………うん。

 いや、言うわよ。

 あなたが流れを切っちゃうから、言いにくくなったの!

 …………その……………………けーきをたべるとき、あーんってして欲しいなあみたいな。


 だって! もうずっとしてくれないから! 

 ……だから、別に深い意味はないし、したくなかったらそれはしょうがないし、でもしてくれるならそれは嬉しいから一応言うだけ言ってみようかなって思っただけで……。


 ……本当に? いいの? 

 うん、じゃあ……あの……よろしくお願いします。


 やった。言ってみて良かった。久しぶりだなあ。


 ねえねえ、はじめてのデートした時のことはさ……覚えてる? 

 あの時はさ、私がしたよね。


 あー違う。水族館じゃなくてさ、ファミレス行ったじゃない。

 あれはデートとは言わないのかな。

 でも二人きりで初めて行った場所だから、あれが初デートかなって思ってたけど。


 そうだよね……さすがに覚えてるよね。


 あそこのティラミスがめっちゃ固くてさ、逆ふーふーみたいな感じでスプーンですくって溶かしてたら、あなたが「何? くれるの?」って言い出して。

 私はいたずら心だったんだよ。

 なのに「はい、あーん」ってやったら、何のためらいもなく食べちゃうんだもん。

 びっくりしちゃった。


 もう、何だコイツ! って思ったよ。

 だって、スプーンだって私のスプーンだったし、他にも人だっていたのにさ。

 何か慣れてるのかなとか、私だけドキドキしてるのかなとか、頭ぐるぐるしちゃって訳わかんなくなっちゃった。


 だから、その……ごめんね。あの時は。

 いきなりひっぱたいちゃって。

 私もはじめてだったし、力加減とかよく分かんなくて、何か凄く良い音しちゃったよね……。


 はっ! 今日は駄目だからね。

 あの時は私あーんの私張り手だったけど、あなたあーんであなた張り手は駄目だからね。

 殴らないで。顔は目立つから、どうしてもならボディに……うそうそ、あなたはしないね。

 

 あの時もさ、叩いたのは私なのに、あなたばっかり冷静ですぐに私のこと気遣ってくれてさ、本当何者だよ。というか何歳だよ。って思ったなあ。


 最近はもう分かるようになったけどね。

 あなたは冷静じゃなくて優しいんだよね。

 どんな時でも周りのことを気遣っているからこそ、冷静になっちゃう。

 だから自分だけのことだと結構わたわたしちゃうよね。はじめて見たときは驚いちゃった。

 


 え? 馬鹿になんてしてないよ。むしろすごく褒めてる。

 だって、あなたと一緒にいたら絶対に幸せだなって思える理由のひとつだもの。

 人生良いことも悪いことも起こるじゃない? 

 そういう時にあなたは状況に振り回されないで、きっと正しい選択を行うって思うの。


 何て言ったらいいのかなあ。

 そうだ、例えば包丁ってあるじゃない。

 包丁は悪い心を持った人から見れば人を殺せる凶器になってしまうけど、いい人が見れば「これで料理をしたら誰かが美味しいって喜んでくれるかもしれない」そんな風に優しい気持ちを実現する道具になる。


 あなたはどんな状況になっても、どんなものを得たとしても、それと向き合う姿勢が優しい。

 だから、どんなに悪いことが起こっても、あなたは優しい答えを見つけようとすると思う。

 それで私、あなたのことが信じられるの。

 判断を間違わないとは言わないけど、でも間違ったとしてもその判断の根拠は私も納得できるものなんだろうなって思うから。



 あー待って待って逃げないで。

 もう、褒めるとすぐ逃げようとするんだから。

 まだ終わってないの。


 さっきのは「お仕事頑張っているで賞」。

 そう、何を隠そう今回は同時受賞かつ複数受賞なのです。やったね。


 だって私たちの人生、仕事だけじゃないでしょう?

 そりゃ受賞しまくりよ。


 毎日が記念日。一分一秒が表彰。

 「晩御飯作っとくよ」ときみが言ったから今日は家事ありがとうで賞。


 そう! 続いての賞は「家事ありがとうで賞」!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る