第一二話 ともに舞う者達



― 八月四日 明朝 同 鹿屋基地 ―



その日四機の戦闘機が鹿屋基地に降りてきた。

明日の出撃の護衛だろうか?

羽の先からは大きな銃身は少し焦げ付いていてドクドクとエンジンをうならせつつ掩体壕までやってきたその機体はがてエンジンを止めた

そして降りてきた操縦士は……

まさか…!?


「鈴木、鈴木はいるか!」

「鮫島さん!?それに、青葉まで!?」


「よかった。まだ出撃してなかったみたいだな。最後の見送りもさせん気とは全く……ここに来るのも大変だったんだぞ。」


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。なんであなたたちがここに?ま、まさか、勝手に寄り道したわけじゃないでしょう?」


「もちろんそうさ、そんなことしたら軍法会議にかけられてしまうよ。なに、簡単なことさ、第五航空艦隊飛行隊として鈴木達を援護しに来たんだよ。」

「え……」

「だから、第五航空艦隊戦闘機隊として、神雷部隊の直掩として参加することになっただけ。何も不思議なことじゃないじゃないか。」

「で、でもそれって…二人なら、もっと温存されててもおかしくない…」


「志願しましたからね。

前作戦で桜花を乗せた陸攻隊が直掩が足りず、敵機に囲まれて全滅したと聞きまして。彼らを犬死させるわけにはいかない!なんてって言ったら快く移動を許可してくれました。

そういう計画もあったみたいですしね。」


「そんな、また皆さんに迷惑を……」

「そう硬いこと言うな。あんだけ見栄張ってきたのに帰ってみろ、笑いもんになるだけじゃ済まないからな。」

「ありがとう……」


うれしかった。

ただ単純に、死しか覚悟せずただただ悩んでいた自分があほらしくなるくらいに。

生きよう、その時が来るまで。


「そういえば、ここに小枝という奴がいるはずなんですが、知りませんか?久しぶりなので、挨拶をしておきたいんです。」

「……鮫島さんの、お知り合いだったんですか。」

「ええ、彼とは、南雲と同じで国民学校時代からの知り合いです。彼には、君のことを頼んでいたのですが…」


胸の中がまた、罪悪感で包まれた。


「小枝、小枝達吉さんは……亡くなられました。僕を庇って……」

「そう…でしたか、そうか、あいつも……」


「すみません……僕のせいで…」

「いえ、謝らないでください。彼の決めたことですし、軍用機乗りである以上覚悟していたでしょうから。」

「しかし……」


「ここに来る前に知ったことですが、あなたのこと小枝は相当気に入ってたみたいですよ?

彼の役目は君を機動部隊まで運ぶこと。でも彼はそれを果たせないと悟ったから君を脱出させた。ただそれだけのことです。

そんな、自分が死なせたみたいに後悔されていては、彼も報われませんしね。

後悔するくらいなら、自分の役目を果たすその時まで生きた方がいい。

君が無事次の出撃で敵部隊のところへ到達できたとすればそれが彼の役目を果たしたことになるんじゃないですか?

もっとも、それは私たちの役目でもあるんですがね」

「そう、ですか……よろしく、お願いします」


「ええもちろん。それが、役目ですから」


― 同 八月五日夜 鹿屋基地 ―



ついに、次の神雷部隊出撃の日取りが決まりそのメンバーに選ばれた鈴木達は宿舎に集まり挨拶兼宴会を執り行っていた。


「ついに明日、出撃ですか。」

「もう少しゆっくり出来ると思ったのですが。そうもいかなかったようですね……陸攻隊の皆さんも、よろしくお願いします。」


「ああ、一応自己紹介でもしておくかの。

手前から

前田三飛

松村二飛

武井二飛

用屯兵曹長

東山上飛曹

俣上二飛曹

そして、飛行長の田中中尉だ。

よろしく頼む。此方さんは?仲がいいようじゃが」


名を呼ばれるごとにビシッとした敬礼をきめる彼らの様はそれだけでその錬度の高さが伺えた。


「第一航空戦隊で同じだった青葉一飛曹です……

鈴木、お前のことはたとえこの命に代えようと護る。それが俺の任務だ。」


「同じく第一航空戦隊で同じだった鮫島大尉です。そして青葉、鈴木には言いましたがその任務は君だけの任務ではありません。

我々、直掩戦闘機隊の任務です。そう、昔彼も言っていたでしょう」


「……そうでした。すみません。」

「そうか、あの一航戦の人たちだったか。

惜しいな。特攻で亡くしてしまうのは……」


「……遅かれ早かれこの戦で皆死にます。

たとえ生き残ったとしても何も残っていない焦土が広がるばかりです。そういう意味ではこの日本は死ぬのでしょう。それに私には家族も、親戚も、誰も残っていません。

皆死にました。ですから、悔いはないのです。」


沈黙が空間を支配する。

その沈黙を破ったのは


「なあ鈴木」


青葉だった。その目は真っ赤に充血し、顔も赤く染まっていた。

それが、酔いから来るものなのかどうかはまだわからなかった。


「決死の覚悟を持って挑む作戦と必死の作戦の違いって分かるか?」


突然の質問に、酔いも合わさり困惑する鈴木


「決死の覚悟っていうのはな決死と着くがまだ覚悟だ、少ないかもしれないが生き残る可能性は残っている。

でもな、必死の作戦は別だ必ず死んじまう。

桜花はな、その機体そのものが必死の作戦の上に成り立っているんだ。

一度投下した爆弾が戻ってこないように、一度母機から離れた桜花は十死零生、絶対に生きちゃあ帰ってこれねえ。

それに桜花はな人間を部品に変えちまったんだぞ……そんなのに乗るって鈴木が決めたと聞いたとき、俺は悲しかった。

時々、お前の活躍は聞いてたんだ。

嬉しかった、それこそ自分事のようにな。それなのに、簡単に命を捨てようとするお前をみて怒りが沸いた。

でもな、今はそんなこと関係ぇねぇんだ。

鈴木を護る。

死んでも護る。

それが俺の役目……いや使命だ。

ただ、これだけは覚えておいてほしい。

お前が死んで、悲しむ人間はいる。

南雲さんだってそういってだろう。覚えていないかもしれないがな

そして、この戦例え破れたとしても

焦土しか残されない未来で日本が例え日本という国が死んだとしても

また俺たちが、生き残ったものたちが必ず日本を甦らせる。

だから、だから、黄泉の国で奥さんと二人でみていてほしい。

見捨てないでほしい。

悔いのない国だと思わないでほしい。それだけ、約束してくれないか?」


鈴木は、迷ったように見えたがそれは一瞬で、すぐに覚悟を決めたようだった。


「わかった。約束する。

どうやら僕は仲間を裏切っていくところだったらしいからね。

ありがとう。黄泉の国から君たちの活躍を見守って、それを来世へ伝えていくとするよ。」


「ありがとな、鈴木……」


また、沈黙が支配する。しかし、先ほどとは違い何か、懐かしいものを感じた。


「さ、飲もう飲もう。なんだか照れ臭い。せっかくの酒が不味くなっちまう。」


そうして、夜はふけていった。





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