クール系幼馴染が恋人フラグを立てているようで
綿宮 望
クールな幼馴染と朝
「ほら、起きて。 遅刻するわよ?」
月曜日。
1週間の中で最も憂鬱で、面倒臭い日だ。
しかも今の季節は冬であるから、朝はとても寒い。
そんなある月曜日。
ふっと目覚めると、目の前には見慣れた少女の顔があった。
ロングヘアの黒い髪を1本結びで纏めている可憐な少女。
「おはよう」
「おはよう。 何度も言うようだけど、たまには自分から起きても良いと思うわ?」
──まあ、貴方のその間抜けな寝顔を眺めるのも楽しいけどね?
そんな事を言いながら、「ふふっ」と微笑む少女。
「とにかく、早く降りて来なさい? もう7時を超えてるわ」
「バイバイ」と部屋を出る少女。
彼女の名前は栗原 鈴華。
隣の家に住む同年代の少女。
物心ついた時からの幼馴染であった。
そして、僕は毎日彼女に起こしに来てもらっている。
感謝の極みだ。
まあ、そのお返しとでも言えばいいのか、いつも毒舌を聞かされているのだが。
「さっさと着替えるか」
ベットの近くに掛けてあった茶色のハンガーから白シャツに手を取る。
ついでに黒ズボンとベルトもだ。
ふと時計を見てみると、時刻は7時3分を指していた。
しかし、外はまだ赤い。
「この暗さで7時か……」
流石、冬と言ったところだな。
まだ太陽は昇ったばっかりのようだった。
***
制服に着替え、1階のリビングに降りれば、そこには見慣れた光景が広がっていた。
テレビに映っている朝のニュース。
チクタクと鳴っている緑色の時計。
そして台所にある幼馴染の後ろ姿。
「朝ごはんの用意はもう出来てるから。 少し待っててね」
鈴華に言われたので、冷蔵庫からお茶を取り出す。
手にしたのはジャスミンティーだ。
爽やかな匂いが目を覚ましてくれる。
そして、しばらく時間を過ごし、「出来たよ」と呼ばれた後、食卓に向かったのだが──。
「あら? そんな所で立ち止まって……どうしたの?」
「ああ……いやっ、ちょっとね」
「えっ?」と思い、もう一度、食卓に並べてある料理を見てみる。
だが、そこにある光景は変わらない。
「お腹の調子が悪いの?」
「そんな事は無いけど……母さんは?」
「もうお仕事に行ってしまったわ」
そうなんだ。
「家にいるには私たちだけよ。 さあ、食べましょう?」
「うん」
まだ食事を済ませていなかったのか、並べられてあった料理を前にして、鈴華がジト目で僕のことを見つめてくる。
しかし、これまた驚きだ。
いつもは「朝遅いのがいけないのよ」と先の食事を済ませていた彼女が、僕と一緒に朝食を取るなんて。
昼や夜は一緒に食べる事があったけど、朝はほとんど無かった。
だけど、それだけではない。
僕が驚いた理由は他にもあった。
それは──。
「今日の料理は豪華だね」
白米、味噌汁。
そして焼き魚に卵焼き。
朝の食事はまるで高級ホテルの食事を食べに来たみたいに、今日の朝食は豪華だった。
てっきり昨日みたいにトーストで焼いたパンが出ると思っていた。
でも、今日はこのザ・和食。
驚きでしかなかった。
ふと、「どうして?」と尋ねてこる。
しかし、返ってきた言葉は「何でだと思う?」と言う問いかけだった。
いや、知りたいから訊いたのに……。
そんな事を思っていると、「簡単な事よ」と鈴華はクスッと笑った。
「今日は特別な日になるから、朝早くからお義母様と一緒に作ったのよ」
「特別な日?」
「そうよ」
特別な日って……誕生日?
でもそれは無いだろう。
僕の誕生日は2ヶ月前に済んだし、鈴華の誕生日は2ヶ月後。
母さんもだいぶ先で、それは彼女のご両親も同じだ。
じゃあ、結婚記念日?
違うよな……ダメだ、分からん。
「ほら、難しい顔をしないの。 大丈夫よ。 すぐに分かるから」
クスッと笑う幼馴染。
彼女は「ほら、このおかずは私が作ったの。一口、食べてみなさい?」と、料理の感想を求めてきた。
「……厳しめで行くよ?」
──母さんが毎日作っているからね。
そう呟きながら、幼馴染が作ったおかずを一口食べてみる。
即オチとはこう言うのだろう。
──美味しかった。
どれも美味しいが、特に卵焼き。
卵の暖かさと、汁の冷たさが口の中で溢れる。
はっきり言おう。
「どう? 口に合った?」
「うん」
母さんの卵焼きは──正統派とでもいうのか、純粋な卵の味を出している。
一方で、鈴華が作った卵焼きは味がとても甘い。
母さんのとはまた別のベクトルの美味しさだった。
「そう……それはよかったわ」
微笑む鈴華。
それからしばらく2人でパクパクとご飯を食べていると、時刻が7時30分になった事を知らせるアナウンスがテレビの方から聞こえてきた。
7時30分。
もうこんな時間か。
確かに、急がないと。
朝礼に遅れると掃除をやらされるからな。
出来るなら、遅刻はしたくない。
そう思い、食べるスピードをカッカと上げる。
すると──。
「別に無理しなくても良いのよ? 私の料理はいつでも食べれるから」
「うん……うん?」
えっ、何?
唐突に呟いた鈴華。
いろいろと訊きたいところであったが、彼女が言うように今は時間がない。
出来るなら、遅刻はしたくない。
そう思い、急いでご飯を駆け込む。
茶碗の半分まであった白米はあっという間に無くなった。
「ご馳走様」
席を立ち上がろうとするが──。
「あら、たくあんは残しちゃうのかしら?」
……ん?
たくあん?
いや、無理しなくても良いって言ってたよね?
「食べないの?」
無言の圧。
でも、残して良いって──。
「貴方の為に作ったのよ?」
「……ごめん」
勝てなかった。
手で摘み、サクッと口に中に放り込む。
そして水で流し込むと、もう一度「ご馳走様」と告げた。
「お粗末様でした」
まるで新妻のように答える幼馴染。
昔から「良いお嫁さんになるわね」なんて言っている母さんだけど、少し分かったような気がした。
すると、スマホの着信音が聞こえてきた。
僕ではない。
鈴華だ。
「だれ?」
「えっと……ああ、貴方のお義母様からよ」
「母さんから?」
一体、何の話だ?
もしかして、僕の様子の報告とか?
可能性がかなりあるな。
「直ぐに終わると思うからリビングで待っててね?」
「へい」
既に用意していた鞄を手に取り、玄関に向かう。
チラリと後ろを振り返れば、そこには嬉しそうな表情の幼馴染。
「……あれ?」
リビングの方を振り返る。
どうやら、まだ母さんと何かを話しているようだった。
何の会話をしてるのかはここからじゃ何も分からない。
だが、その表情からして、かなり楽しそうなのは分かった。
「──」
しかも「はい!」ってとても元気の良い返事をして満面の微笑みになっている。
学校ではまず見ない表情だ。
僕にもたまにしか見せてくれない。
──悲しいな。
家でも1人ぼっちか……。
ああ、無常。
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