第16話
思案に暮れる蒲田の背中を花荘院はじっと見つめていたが、やがて手元の作品に視線を落とした。しばし逡巡した後、立ち上がって別の花瓶を持ってくると、その中にいつかの花を移していく。
「次郎。お前にこれをやろう」
花荘院に声をかけられ、蒲田は茶室の方を振り返った。花荘院が白い小ぶりの花瓶を差し出している。その中に生けられた、先端が細く分かれた桃色の花は――。
「撫子……?」
「ほう。覚えていたか。先日の展覧会で講釈してやった甲斐があったな」
花荘院が満足そうに頷いた。だが、蒲田は怪訝そうに目を眇めて花荘院を見返した。
「どういうつもりだ? 総十郎。俺は部屋に花など飾る趣味はないぞ」
「無論、承知している。お前に花などくれてやったところで、翌日になれば存在を忘れ、数週間後に枯れた状態で発見されるのが関の山だろうからな」
「では、なぜ俺にこれを……」
「お前があまりにも不甲斐ないのでな。助力を添えてやろうと思ったまでだ」
花荘院はそう言って花瓶を蒲田の手に押しつけた。蒲田は困惑しながら受け取った。
「お前がその花をどう使うかは自由だ」花荘院が言った。「部屋に飾れば、殺風景なお前の部屋にも少しは彩りが生まれるだろう。もしくは、誰か人に譲ってしまっても構わん」
「人に……」
蒲田が何かを感じ取ったように呟いた。それを見た花荘院が言った。
「古来より、男が女性に恋情を伝える時は、往々にして花を贈ったものだ。それは、花が言葉よりも雄弁にその者の心を語るからだ。特にその男が堅物で、自らの
蒲田は花から視線を上げて花荘院を見つめた。花荘院は蒲田の方を見ておらず、遠い目をして庭園に広がる紅の木々を見つめている。
「……花に秀でたあの人のことだ。お前がその花を渡せば……そこに秘められた恋情さえも汲み取ってくれるやもしれん」
蒲田は目を瞬いた。花荘院の口調はいつもと変わらず淡々としており、特に残念がっている様子は見られない。だが、それでも、蒲田はその短い言葉の中に、彼の諦念と哀愁を感じ取っていた。
「総十郎……」
蒲田はそう声をかけた後、撫子の花に視線を落とした。繊細で美しい桃色の花弁。本当なら彼は、自らの手でこれを久恵に渡したかったのではないだろうか。
「……感謝する」
蒲田はそれだけ言うと、自分も庭園の木々に視線を移した。
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