第13話

 その後、母親からも事情聴取をしたが、母親は星柄のタトゥーを目撃していなかった。犯人は長袖の上に手袋をつけており、手首は見えなかったというのだ。少年がタトゥーを目撃したのはまさに幸運としか言いようがなかった。


 蒲田達は本庁に戻ってその情報を伝えた。前科者のデータベースで検索したところ、それらしき男の情報が1件ヒットした。


 名前は小塚来人こづからいと。少年の頃に窃盗事件を数回起こしており、少年院に行ったこともある。現在は21歳になっているとのことだった。写真を確認したところ、確かに右手首に星柄のタトゥーがあった。登録されている写真は17歳の時のものだったが、念のために目撃者の少年に確認したところ「にてると思う」という回答が得られた。小塚は直ちに指名手配され、各地の交番にある掲示板には、十代の頃の写真から想像した小塚のモンタージュが載せられることになった。


「しかし、今回はお手柄だったな、蒲田」


 退庁後、竹部から例によって居酒屋に誘われ、蒲田は彼と杯を酌み交わしていた。テーブルの上には、たこわさびやらホッケやらの酒の肴が大量に並んでいる。景気づけに、ということで竹部が注文したものだった。


「あの坊主は何か重要な手がかりを握っている。そこまでは俺の読み通りだったが、お前は見事にそれを引き出したわけだ。こうなりゃ逮捕は時間の問題だぜ」


 竹部が上機嫌で言うと、勢いよくビールを呷った。いつになくペースが速い。


「喜ぶのは早いですよ、警部」蒲田が冷静に首を振った。「小塚がホシの可能性は高いですが、確証ではない。それに小塚の居場所がわかったわけでもありません」


「はっ。おめぇは相変わらず固い奴だなぁ」竹部が呆れ顔で眉を下げた。「褒めてやってんだから素直に喜べよ」


「私は何もしていません。あの少年がたまたま重要な手がかりを目撃していた。それだけのことです」


「だが、その重要な手がかりを引き出したのはお前だろ?」竹部が箸で蒲田を指し示した。「ビビったガキをどう説得するのかと思ったら、正義の味方とはなぁ。お前の口からそんな言葉を聞く日が来るとは思わなかったぜ」


「……あの場ではあぁ言うしかありませんでした。子どもの夢を壊すわけにはいきませんから」


 蒲田は憮然として言うと、ゆっくりとジョッキを傾けた。ビールの苦味が口の中に広がる。


(正義の味方、か……)


 地域の安全を守る者として、犯罪者を一人残らず捕まえる。自分もかつてはそんな青臭い理想を抱き、正義を実現するために警察官を志したはずだった。

 だが、そのような理想を抱いて警察官になった者は驚くほど少なく、公務員だから、あるいは親が警察官だからという安易な理由で志願した者が大半だった。彼らは自分達が治安を守っているという気概は露ほども持ち合わせず、むしろ上層部に取り入って出世し、平穏に定年を迎えることばかり考えているようだった。

 蒲田はそんな警察組織に不平を抱いていた。そんな中、同じように正義感の強い竹部の下で働けることは唯一の救いと言ってもよかった。


「ところで蒲田、お前、最近何か変わったことでもあったか?」竹部が出し抜けに尋ねてきた。


「変わったこと?」蒲田が怪訝そうに聞き返した。


「あぁ。さっきの会議の時、妙にボーっとしてたじゃねぇか。自分の報告の順番が回っても気づかないなんて、今までなかっただろ?」


「それは……申し訳ありません」蒲田が恥じ入ったように視線を下げた。


「いや、別に責めてるわけじゃねぇよ。実際退屈な会議だったしな。ただ、お前にしちゃあ珍しいから、何かあったんじゃねぇかって思っただけだ」


「……ええ、正直私も驚きました。自分があんな風になるとは……」


「何かよっぽどのことがあったんだな?」竹部がホッケの身をほぐしながら言った。「よかったら話してみねぇか。もちろん無理にとは言わねぇけどよ」


 竹部の口調は、決して野次馬根性で尋ねている人間のそれではない。彼は本当に蒲田の身を案じているのだ。


 だが蒲田は逡巡した。仕事上の悩みならともかく、女性のことを考えていたなどと白状して、竹部の叱責を買うことにはならないだろうか。


「迷うんなら、とりあえずぶちまけちまったらどうだ?」竹部が蒲田の逡巡を読み取ったように言った。


「別にお前が何を考えてようが怒りゃしねぇよ。ただ、肝心な場面でさっきみたいになられちゃあ困るからな。悩みの種をほじくり返しときたいってわけだ」


 なるほど。言われてみればその通りだ。蒲田は頷くと、正直に話すことにした。

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